正しい歴史認識を持とう「東京裁判」とは何か、そのまやかしを検証してみる

自虐史観

令和のサムライ通信:東京裁判の巻

東京裁判とは裁判なのか、「日本人無罪宣言」を出したパール判事、そして、この裁判の中心人物であるA級戦犯、東條英機をもとに、東京裁判を簡単判りやすく説明して行きます。

「極東国際軍事裁判」いわゆる「東京裁判」、あんなものは裁判でもなんでもない、日本の全面降伏という敗者の弱みに付け込んだ幼稚な見せしめのパフォーマンスだ。

早い話が占領後に好き放題が出来るように布石を打ったということです。

 

東京裁判と言うと、戦争を起こした人達を裁く裁判だと教えられました。結局、正しい裁判ではなかったのでしょうか。

戦争で勝った側が一方的に裁判と称して敗者を晒し者にして断罪するイベントなんてナンセンスの極みだ。しかも、「平和に対する罪」で裁くとは何事ですか、原爆を落として、多くの民間人を殺害しておいて、そんな連中が平和に対する罪で裁く権利など、どこにも無い筈だ。

 

裁判と言っても最初からストーリーが決まっていて一方的に裁かれるだけだったということですか。

 

まったくその通り、勝者の言う「侵略戦争の罪」というが、何故、日本だけに当て嵌まるのだろうか、連合国側の侵略行為は日本の比では無い筈、彼らの行為は正当化されて、日本は駄目とは実に不可思議な裁判だと思う。

 

そうか、そんな偏った裁判だったのか、これでは確かに裁判とは言えませんよね。

そもそも裁判とは法に照らして裁定を下すものです。しかし、判事は戦勝国だけの人物で中立な立場の人物もいないのです。
裁判と称する東京裁判とは、矛盾だらけの正義も何もない中世の暗黒裁判とまったく変わらないとまで言われているのです。
ましては、常に反日マスコミや韓中のネタとして使われるA級戦犯などは、取ってつけた虚構なのです。

 

だけど、先に攻撃しちゃったのは日本なので、そこを突かれてしまう感じなのかな。

確かにそうだが、先に卑劣な貿易戦争を仕掛けてきたのはアメリカなのだ。原油を差し止めして、鉄の輸出も止め、散々な兆発と脅しを掛けながら、日本を孤立させていき、爆発させるまでの状態に巧みに追い込んでいった、これがルーズベルトの作戦だ。日本はアメリカの罠に嵌まったともいえる。

この茶番劇、「東京裁判」で唯一際立ったのが、インドのパール判事の「日本人全員無罪宣言」という理論整然とした発言です。そして、責任を一身に背負うという東條英機の自己弁護を一切払拭を貫いた姿勢なのです。

日本の救いの拠り所パール判事
パール博士は、「東京裁判」でのインド代表の判事を務めた人物で、11人の判事のなかで、唯一、日本人戦犯を「全員無罪である」と主張した人です。

パール博士は、この裁判は完全なまやかしであると批判し、初めから日本を侵略国であると決めつけ、政治的意図で、日本を心理的にも支配下に置こうと企むものであると強い不快感を示し、そして、この裁判を、単なる戦勝国の復讐劇であると批判したのです。
その後の日本占領政策は、パール博士が警告した通り、完全解体となるのでした。

判事の中には、この裁判を冷静に見てくれた方もいたということなのですね。

そうなんだよ、このインドのパール判事は日本に取っては唯一の救いの神なんだ。
パール判事は、この裁判で、かつて欧米諸国がアジア各地で行った蛮行こそが侵略そのものであると断罪したわけです。
この発言の重みは凄かった、この発言によって日本人はどれだけ救われたことだろうか。
これは、欧米先進国に長年にわたって、虐殺、奴隷、略奪され続けたインド代表ならではの重たい言葉です。

パール博士の失望
パール博士は、1950年二度目の来日の際、独立した日本がすっかり自虐史観に汚染されている姿を見て、これは本来の独立などではないと言い、行き過ぎた自虐史観に陥った日本人に対して早く目覚めるべきと諫めたのです。
しかし、パール博士の助言も虚しく、日本人は更なる自虐史観の罠に嵌まっていくのでした。

次は、東京裁判の戦犯の中でも中心的存在である東条英機に迫ります。

東條英機という方をよく知らないのですが、良く言う人はいないみたいですよね。

我々は、学校で東條英機は無謀な戦争を巻き起こした無能で最低な人物と教えられてきた。
小学校のころ、教師が東條英機はどうしようもない奴で、おもちゃの拳銃で自殺を図ったが、そんなんで死ぬわけないよな、などと言って、クラスを爆笑させたことを今でも記憶している。
当時の教育は、東條をヒットラーと同じレベルの悪人として捉え、日本を戦争に巻き込んだ、こんな人物は皆で軽蔑しようと教え込んでいたわけです。
こうして我々の世代は、東條悪人、戦争を始めた冷酷で卑怯な人物という洗脳が定着したのでした。

子供の頃の学校での洗脳は恐ろしいもので、大人になっても、その決めつけが中々とれないものなのです。

はなから、悪人と決めつけ軽蔑した人物には興味も沸かないし、まして、東條がどういう人物かを知ることが出来たのも、ネットが構築された最近の話で、それまでは、どういうキャリアがあって首相まで上り詰めたのかということも、余り知ろうとは思わなかった。

結局、これは学校教育と東京裁判でのA級戦犯のイメージが大きく定着しているからということです。

そうか、ということは、最近になってようやくこの方の本当の姿を知る機会ができたということですね。

そういうことだね、散々、東條悪人説を叩き込まされた年代の人に、東條が善人だったなんて話をしても、お前は頭がおかしくなったのかと言われることでしょう。
ましては、必死で戦争を回避しようとしていたなんて言うのは、トンデモ話になっちゃうかもな。ところが知れば知るほど東條はまともな人だったのだよ。

東條のイメージ
昔のアメリカのプロレスでは、日本の悪役レスラーのリングネームと言うと決まって東條か東郷だったのです。

東條らは、プロレスのルールを完全無視して汚い反則技を繰り返し、正義の白人レスラーをいきなり後ろから殴りかかったり、噛みつきバケツを持ち出してひっぱだく。

この余りの卑怯さに怒り心頭となった白人レスラーは、我慢も限度となり反撃に出るのです。こうして怒りと興奮が頂点に達した観客は、ジャップを殺せ!東條を殺せ!の大シュプレヒコール。
最後は決まって、東條はボコボコにされ、土下座してペコペコと謝り続けるのでした。

このように、東條は、どこに行っても嫌われ者の悪役なのです。

日本の教育は、A級戦犯を稀代の悪役に仕立て上げた東京裁判を利用して、東條一人に責任を負わせ、いかにも独裁化を行って、無謀な戦争に導いた張本人というイメージを作り上げ、悪玉としてスケーブゴートにしていたのです。

本当はどういう人だったのですか、写真をみても、そんなに悪役の感じではないし。

東條は独裁者でもなんでもない、普通に功績をあげ、出世を遂げて首相にまで上り詰めた軍人であり政治家だったのです。
彼は、たまたまこの時期に国の行く末を任された不運な 宰相とも言えるのです。
さらに、調べると東條は、戦争推進どころか、戦争回避に努力していたことが判ってくるのでした。

まとめ
東條を知ることで、今迄決めつけてきた戦争への不信が履がいされてくるのです。

明らかに東條は、スターリンや毛沢東などの冷酷な指導者とは違い、国民に寄り添い、犠牲をくい止めようと腐心してきたかが判ってくるのです。

東條英機は、敗戦の全責任を負わされ75年もの間、汚名を着せられてきた。
もういいだろう、今ならその真実がネットでも知ることが出来る。
色々な情報を見て東條の人物像を精査してみよう。

戦争など論外のこと、東條を肯定などするつもりも毛頭ない、しかし東條一人に責任を押し付けることで歴史を歪曲していいものか、日本人はそろそろ歴史を正しく学ぶべき時期に来たのです。

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