人との断捨離「葬儀は行くな呼ぶな」

社会・国際情勢

海ヒト人:葬儀は行かない呼ばないがいい、コロナの影響で日本の過剰な伝統、お義理の世界を断ち切るチャンスだ

人との断捨離。葬儀は行くな呼ぶな
コロナの警鐘。年齢を重ねるとどうしても多くなるのが葬儀の参列です。しかし最近の傾向は、断捨離などの影響もあり、有名人の方でも身内だけの家族葬を行うようになり、かつての見栄を張った葬儀は消え失せたのです。これは大いに結構な傾向です。他人の葬儀にもノコノコ行かないほうが、相手のためにも自分のためにもなるということです……。

 

日本人として日本のいい伝統は大いに継承したいものです。

 

しかし、どう考えても矛盾するような悪しき風習は改めて行く勇気も必要なのです。
その一つがお義理での葬儀の参列です。

 

最近の葬儀の風習として、家族葬が増えたことは、大いに結構な話です。

 

最近は著名人の方でも身内だけの家族葬を行うようになっています。

自分自身の葬儀は可能なかぎり、小規模でしみじみと静かに行うよう、家族には申し伝えておきたい。

 

また、なにより、他人の葬儀にもノコノコ行かないほうが、相手のためにも自分のためにもなる、ということである。

 

ひと昔前の大掛かりな葬儀などは、もう時代遅れなのです。

 

社会に出ると、誰々のお父様やお母様が亡くなれたと、生前に一度も会ったこともない人の葬儀に参列する機会が何度もあった。

それに対して凄く違和感を持っておりました。

 

身内のご遺族の方々は、悲しみに打ちしがれているのに、仕事関係の人間は誰も彼も、悲しげには見えない。

 

我関せずで、商談やゴルフ談議で酒を酌み交わすという場違いでアンバランスな光景。

 

 

 

故人を偲んで明るく出迎えましょう、というのが本筋かも知れないが、といっても、会ったことも無い人をどう明るく偲ぶのだろうか、一体、何の為に葬儀に参加したのかと疑問に思ったものです。

 

葬儀の殆どは突発的にやってくるので、悲しみの中で、その準備を取り仕切る家族や親族は大変なのだ。

 

そのうえ、故人をしのぶ間もなく、見も知らない人たちを迎え、戸惑うばかりだろう。

 

声をかけられる方も、口にはできないが、迷惑と思う人もいるだろう。

大事な予定をキャンセルしなければならないこともあるし、家族との約束も台無しになる。

 

本来、葬儀とは、亡くなった人の冥福を祈り、故人の徳をしのぶためのものなので、近親者だけで行うべきなのです。

なので家族葬こそが本来の葬儀の姿なのではないでしょうか。

 

つい最近のことですが、私の釣り仲間が亡くなったという知らせのはがきが届いたのです。

そのはがきには家族葬を済ませたことが記されていたのでした。

これもはからいの一つと思うのです。

 

故人を偲ぶのは葬儀の参列だけではないのです。

 

最近は相当有名な方でも、家族、親族だけの家族葬をするようになった。

 

もはや、形式的な社葬や大掛かりな葬儀は、もう時代遅れと考える人も増えてきたということです。

 

大いに結構なこと、今後は会社の誇示や遺族の虚栄心のための葬儀はなくなるだろう。

 

それこそが本来の葬儀なのです。

 

これと一緒に言えるのは回忌という法要の習慣よね、三回忌ともなると人によっては葬儀と同じくらいに派手にやるケースもあったわよね。

親戚と会う機会はこんな時くらいなので、まあいいかなんて思っていたけど、出たくない人もいるだろうしね。

 

回忌・法要は仏教行事の一つ、49日が最初で、一回忌、三回忌、七回忌と行い死者を弔うこと、昔の人はこの習慣が根付いていたけど、今の団塊後の新老人の場合はどんどん薄れているからごくごく地味にやるケースが多くなってきたのだよ。

 

やらないよりかはやった方がいいことは確かです。

しかし派手にやる意味も無し、これを無情・薄情と考えては駄目、死者を弔うのも気持ちこそが一番大切なのです。

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