今から始める「思いで作り」

スローライフ

海ヒト人:やっと判ってきた「思いで」は自分で作るものだと

今から始める「思いで作り」
実は、「思い出」というものは、何もしないと歳と共に自然に萎んで行ってしまうのです。 なので、下手すると、あなたの脳裏から半分近くの「思い出」が消えている可能性もあるのです。「思いで作り」は今が大切、それは明日になったら、昨日の思い出となる。「思い出」こそは自分しか感じることのできない宝なのです。……

 

残念なことに、日本人の多くは動けなくなってから、あの時にもっと自由なことをやっておけばよかったと後悔することが多いそうなのです。

 

そうならない為に「思い出」をたくさん作って、心ゆたかになり充実した余生を送りたいものです。

 

そもそも、遠い昔の思い出は、もはや手の届かない世界、しかし、つい最近体験した思い出は鮮明に記憶に残っているし、まだまだ手の届く範囲の話しでもあるのです。

 

人間は歳を重ねるごとに時間が早く過ぎ去っていく感覚に陥るので、何もしないと思い出もどんどん萎んで行き、「思いで感」自体も薄れてくるのです。

 

何もしないと「思い出」も少なくなる?

そう、実は「思い出」というものは、自分で意識して作らないとどんどん減っていくのです。

 

「思いで」は、脳裡に刻まれた記憶の中で自然発生的に芽生えるものですが、その「思い出」の記憶は、ある程度は自分でコントロールが可能なのです。

 

 

この感動を「思い出」にしたい、この味を「思い出」にしたいと自分に言い聞かせることで、自分がちょっとでも幸せ感を味わえたシーンを暗示に掛けるクセをつけるのです。

 

そうすることでたくさんの「思い出」が出来上がるのです。

3日前に食べたうな丼の味が甦ってきたりもします。

 

「思いで」作りを意識し出すと、思い出になってほしくない嫌なことに遭遇した場合でも極力思い出にならないよう排除する思考も自然と芽生えるものなのです。

 

嫌な思い出に引きずられないで、いい「思い出」をたくさん作り、いい「思い出」だけを育てて行く、これは自分自身をポジティブにする一つの方法です。

 

なんで日本人は思い出作りがヘタなのか

日本人の「思いで」感というと、50を過ぎても10代20代の青春時代の大昔を懐かしむ傾向が多いのです。

 

それはそれで悪い話ではないのですが、なぜそうなるのかというと、「思い出感」が青春の謳歌と共に終わってしまっているからです。

 

こうした若い頃の「思い出」は自然に頭の中にインプットされているものです。

 

しかし、ある程度年齢を重ねると、忙殺に追われて「思い出」への欲求が薄れてくるのです。

 

学校を卒業して社会に組み込まれると大人としての横並びの規律の世界が待ち受けていることで、サバイバルなネガティブな嫌な思い出は数多く出来ても、いい思い出を作る場面がどんどん縮小されていくので、ハチャメチャだった若い頃の「思い出」だけがクローズアップされるというわけです。

 

結局、日本人の場合は、「思いで」の世界までもが働きアリのトラウマに犯されているのです。

 

50を過ぎたら、ある程度、単純な思考に切り替えよう。

 

遠い過去の思いでは、自分の容姿も相まって叶わぬ夢の思いとなり、時には虚しさも生むものです。

自分を演じるのは自分しかいないのです。

「思い出」は自分だけが感じられる宝なのです。

 

 

「思い出」をたくさん作って宝持ちになろう、お金で「思いで」は買えない。

 

「思いで」は自分だけの宝なのです。

 

思い出は遠い過去だけのものではない、今日の幸せが明日の想い出になるのです。

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