軍部を怒らせたスーチーの複雑な立場

難民問題

令和のサムライ通信:スーチー国家顧問拘束の巻

ミャンマーの事実上の国家元首であるアウンサン・スーチー国家顧問が国軍によって拘束されたというニュースが世界中に流されました。
これは、国軍によるクーデターの始まりなのだろうか。

 

今回は、またまた泥沼に嵌まってしまう様相を呈してきた、ミャンマーの実情に迫り、ミャンマー軍の実態などを簡単判りやすくまとめてみます。

ロヒンギャ問題で矢面に立たされたスーチー国家顧問は、遅まきながら軍への関与を前提に民主化を加速させる動きに出たのです。

こうなれば、軍部も黙っていられる筈もありません、いずれはあるであろうと予測していたことが、残念ながら早くも現実化してしまったようです。

実は、軍部は昨年の11月に行われた総選挙でスーチー率いるNLDが圧勝出来たのは、不正によるものだと主張し、結果の受け入れを拒否してきたのです。

その流れが、今回のクーデターに繋がったことは間違いないでしょう。

骨抜き政権
スーチーさんは顧問として国の実権は握っているが、強大な軍と警察への指揮権が無いのです。その点が事実上の国家元首であっても弱い部分なのです。

しかし、スーチーさんにはカリスマとしての強みとノーベル賞受賞者としての絶大な知名度があるのです。これが国際的な信用力となり、外国からの投資に拍車をかけているのです。

スーチーさんはロヒンギャの問題では海外メディアから物凄く叩かれていますよね、あなたはノーベル平和賞まで貰っておいて何で知らん顔するのかとケチョケチョでした。

まずメディアが言う知らん顔はしていないよ、まあ、これを言われちゃうとスーチーさんも大変なんだよな、実は国内ではスーチーさん率いるリベラルの人でさえ、ロヒンギャには懐疑的な人ばかりなのだよ。
そうなると、国民の総意を無視してロヒンギャへの肩入れなどしたら大変なことになるよね。ということで、非常に難しい立場に立たされているのがスーチーさんなのです。

 

板挟みと言うことですね、ミャンマー国内では今でもスーチーさんは人気があるのですか。

勿論だよ、国民のスーチーさんに対する支持は絶大的なのです。だから昨年の総選挙で、スーチー率いるNLDが圧勝したのです。スーチーさんがいる限り軍も強硬手段には出れないとされていたしね?
国内では、ロヒンギャ問題もスーチーさんの存在が抑えになっていると見ているのです。

 

よかった、スーチーさんはやはり凄い方なのですね。

ただねえ、スーチーさんもNLDもロヒンギャ問題に関して、説明が不十分なので、国民に真意が伝わっていないのです。
しかしながら、スーチーさんも、もう75歳です。国のかじ取りを行う時間も限られている状況なわけ、ところが、このカリスマを継ぐ人材は存在しない、というか育てられていないのです。そうなると、下手すると軍事政権に逆戻りすることもあり得ると考えていたら、早くも来ちゃった?

 

ところでミャンマー軍って何でこんなに凄いのですか。

実は、ミャンマーは東南アジアでもベトナムに次ぐ軍事大国なのです。
ミャンマー軍は40万人以上にも及ぶという巨大な勢力を誇り、50年近くにわたってミャンマーを完全支配していたのです。

 

でも、国民の総意を得ているのはスーチーさんとその政党ですよね。

何故ミャンマー軍はこれほどの強気に出れるのか、それはミャンマー議会議員数の4分の1は軍人に割り当てられるというミャンマー独自の憲法の存在があったからです。
そうしたことで、スーチー率いるNLDがいかに躍進しようともその壁は乗り越えられなかった。しかし、11月の選挙では適用外とされたことで軍は大幅に議席を減らしたのです。

 

なるほど、そんな法律があったのか、でも変わったのですよね、なんで軍の言いなりになるのでしょうか。

それがまたミャンマーの特殊なところで、ミャンマー軍の強さの秘訣には、軍独自が行っている経済活動の存在があり、その代表が、日系企業も絡むミャンマー・エコノミック・ホールディングスという国軍企業なのです。
この他にも、軍は国内の多数の優良企業や工場を運営し動かしていてミャンマー経済の基盤を築いているのです。民主化前は軍が経済も完全掌握していたということです。

 

そうだったのか、だからスーチーさんたちが政権を握っても軍と警察は独立したままだったのですね。

まあ、そういうことだね、軍事政権は海外の圧力に屈したということだけど、自分達の牙城だけは崩しはしないぞということだね、
もし、このバランスが崩れて、軍や警察を解体しようものならイラクやシリア、アフガンどころじゃなく第二次大戦後最大の戦闘状態に達していたかも知れない。
何て言ったってミャンマーの人口は5千100万人以上だからね。

 

軍部の焦りと中国の存在
今回の選挙で大幅に議席を減らした軍部の打撃は相当なものでしょう、危機感を持った軍部が議会開始前に動き出したということです。

今回のクーデターの裏には中国の存在が控えているようで不気味なのです。

現時点でもミャンマーの経済を大きく支えているのは中国だからです。

ここで、下手に騒ぎ立てると大変なことになる、後は中国の独壇場となるからです。
経済制裁でもしようものなら待ってましたと、したたかな中国が動き出す、ミャンマーは中国にとって宝の山なのです。

ここからはミャンマーの良さも知って頂きたい

ついこの間まで鎖国状態と言っても過言ではないこの国が、スーチー女史率いる文民政権の発足で経済開放・自由化が進み、外国企業の対ミャンマー投資も急拡大、ミャンマー経済は物凄い勢いで高成長を続けてきたのです。今もヤンゴンの街は高層ビルやホテルの建設ラッシュで沸いています。

こうしてミャンマーはアジア最後のフロンティアとして注目を集めてきました。

アジアの国々の国民性を表すキャッチでは、優しさだの親切だのが決まり文句ですが、ここミャンマーの「優しい、親切」は正真正銘の本物で、国民がスレていないのです。

ヤンゴンの街は、道は穴ぼこだらけで、決して綺麗とは言えないが、イギリス統治時代の建物が交わった異国情緒がいっぱいです。

ミャンマーは日本に好意的
ミャンマー人は、日本は英国という侵略者をミャンマーから追い出し植民地支配から解放してくれた国であると尊敬してくれているのです。

そして、戦後も日本はミャンマーに様々な支援をしてくれ、道路や橋などのインフラ整備から、学校建設、医療や社会福祉の整備など、ミャンマーが本当に困っている時に様々な支援を行ってくれた国であると感謝されているのです。

うれしいですね、まあ、これは東南アジア全般に言えることです。

こういう話を聞くと、近くの途方も無く器量の狭い国とは雲泥の差です。

日本とミャンマーの歴史的かかわりも少し知っておこう

イギリス統治時代のミャンマーでは、周辺から別の民族を移動させて分割統治政策を行っていたのです。
これこそが、今問題になっているロヒンギャなどの諸悪の根源なのです。

他から連れてきたインド人には金融関係を任せ、華僑には商売をやらせ、山岳民族には警察権を与え、先住民であるミャンマー人を迫害、差別して農奴という最下層に組み入れたのです。

イギリスはカーストの最下層にミャンマー人を押し込んだということです。
結局、これが基で他民族への憎悪につながり、後の様々な民族対立が引き起こされたのです。

長らくイギリスや他から移ってきた少数民族に迫害を受けたミャンマー人達は、独立の機運を伺っていたのです。

そして、1942年にスーチー氏の父であるアウンサン将軍率いるビルマ独立義勇軍と日本軍によってイギリスは撃退され、ミャンマーの前身であるビルマ国が誕生したということなのです。

5年前にヤンゴンを訪れ、サクラタワーから見るシュエダゴンパゴダの夜景は最高だった。

明日はロヒンギャ問題に迫ります。

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