核保有で戦争をしなくなったという皮肉な話

海外紛争

令和のサムライ通信:核保有で戦争回避の巻

インドとパキスタンの仲は昔から最悪で、いつ戦争が勃発してもおかしくない世界最悪の緊張地域なのです。
今回は、皮肉にもインドとパキスタンに自制の精神を促す結果に繋がった「核の存在」と両国の犬猿の事情を簡単判りやすく解説して行きます。

 

インド、パキスタンは、第一次(1947年)、第二次(1965年)、第三次(1971年)と、これまでに3度の全面戦争を行っているのです。

しかし、両国が核保有国となったそれ以降は緊張状態が続くも全面戦争はピタリと止んだのでした。

何故戦争にならないのかは、皮肉にも核の存在が戦争を抑止させているからなのです。

 

えーっ、初めて知りました、とにかく、戦争をしなくなったのは良いことですよね。

まあ、相変らず緊張状態が続いているので、どちらかというとパキスタンは核を打つそぶりを見せるのだけど、それは単なる脅しで、当然回避します。
このせめぎ合いは今後も続くだろうけど、小競り合いはあっても、核での全面戦争は、双方の国家崩壊につながるのでありえません。
そういう意味では双方の核の保有はバランスの取れた最善の策だったわけだ。

 

そうか、全面戦争にならないことだけはホッとしているのでしょうね。

核のバランスで双方一歩も引かないのだけれど、無謀な全面戦争には発展しないし、出来ないということは大きいよね。
ということで、核の保有で両国とも国際審判を仰ぐ柔軟な姿勢に転換したのです。

 

これは、核が抑止効果につながっているという証明みたいな話ですね。

そもそもは、核を持つことなんて論外の話なのだけどね、しかし、敵が核を保有してしまったら、核で対抗するしか方法はないのです。インドが核を持ったら、直ぐにパキスタンも核を保有して対抗したことで均衡は保たれたのです。

 

こういう話って、日本のマスコミなどは、ほとんどしませんよね。

インド、パキスタンの対立は、核に対抗するには核を持つしかないということが実証されたケースなのです。
しかし、日本のマスコミや野党は、核の議論など論外として、こうした話を封殺しているのです。
ところが、その割に日本に取って一番の脅威である、北の核開発を黙殺して大した非難もしないのです。

 

憲法9条で日本を守れるのだったらそれにこしたことはないですが、もうそんな感じではないですよね。

日本国民はこいつらの偽善に騙され続けただけだ。
何度も言うように、日本の社会党(立憲民主党・社民党)は北朝鮮に核を持たせる為に散々支援をしておきながら、日本は核での抑止など論外、核攻撃されたら、日本人の場合は、逃げるか殺されろという主張を行ってきたのです。

 

こんな話をしていると気分が悪くなってきました。

まあ、マスコミや国会議員の3分の1は、日本人なんてどうなっても構わないと思っている奴らばかり、政権を潰そうというのだったら判るのだけども国民も一緒にぶっ潰すという奴らだから困るのです。

 

話が戻りますが、インドとパキスタンはなぜ、そんなに仲が悪いのか、いったいなにがあったというのでしょうか。

すべては、イギリスのせいなのです。ヒンズーとイスラムの違いだけでは、いくら接点がないとはいっても、ここまでの対立には発展しません。インドにとってイギリスは悪魔だったのです。


対立を作ったのはイギリスの罠
そもそもの対立は、植民地時代のイギリスによる巧妙な罠があったからです。

宗主国であるイギリスは、自分たちへの不満や敵対心をかわすためにヒンズーとイスラムの信者が対立するように計画的に煽り続けたのでした。

ヒンズー教徒には「インド国民会議」を組織させ、イスラム教徒には「全インド・ムスリム連盟」を結成させて、組織的に争わせたのです。

すべてはイギリスのやらせ
これによって両教徒の対立は激化し暴動や騒乱が起き、それを見て、いち早くイギリス部隊が仲介することで、イギリスの力を民衆に知らしめるという一石二鳥を演じていたのです。

イギリスの工作は、信じられないくらいに狡くセコク、巧妙なのです。

その後は、イギリスの思惑通り、対立は激化の一途をたどり、やられたら、倍にしてやり返すという連鎖が繰り広げられ、血で血を洗う宗教戦争に発展していったというわけです。

インド・パキスタン両国の独立
そして1947年のインド、パキスタン両国の独立ですが、ガンディーはヒンズー教徒・イスラム教徒で一つの国家として独立させようとしたのですが、対立する全インド・ムスリム連盟は、独自のイスラム国家樹立を宣言。

これによって、インドとパキスタンに分かれて独立を果たしたのです。

こうして、住み慣れた土地を離れ、ヒンズー教徒はインドへ、イスラム教徒はパキスタンへと大移動を繰り返したわけです。

別れたとはいえ、両国の敵対心と憎悪は激しく、何が起こっても不思議ではないという緊迫した状況が続いたのです。

カシミールの衝突
その後、事態が一気に緊迫化するのは、インドの北西部にあるカシミール地方での衝突です。

カシミールは、独立後直ぐにインド、パキスタン両国が領有権を主張しあっており、両国が威信をかけて軍隊を送り込んでいるのです。

ここでは常に両軍の小競り合いが頻発し、両軍の全面衝突という戦争状態にも発展しており、国連の仲介で停戦になるも、今でも一触即発の状態にあるのです。

核保有国同士の対立
何故、インド、パキスタンの衝突が大騒ぎになるのか、それこそは両国が核の保有国同士だからです。

両国の核開発の流れは、インドがアメリカ主導、パキスタンが旧ソ連、中国主導で核開発を完了しており、緊張は高まり続けたのです。

衝突の殆どはカシミールでの出来事なのですが、過去の経緯で言うと、パキスタン側の挑発が多いように感じます。それは、パキスタン側にはイスラム過激派の支援が多いからです。

カシミール以外でも、インド国内でパキスタン系のイスラム過激派によるテロ事件が頻発した時期があり、特に「ラシュカレトイバ」というイスラム過激組織がムンバイで起こしたテロは世界中が緊張に包まれたのです。

ということで、インド、パキスタンの対立は永遠に続くといわれるくらいに激しく根強いものなのです。

しかし、インドとパキスタンは、常に絶体絶命の中にいながらも、核を保有したことで戦争を回避させることが出来たことは紛れもない事実なのです。

これは皮肉でもあるが正義の話でもあるのです。

まとめ
日本では、反日やスパイ野党の連中によって、核での抑止論もタブーにされてきた。
彼らは、こうした偽善を装いながら、北の核開発を容認し、核大国である中国を公然と支援してきたのです。

最後に毛沢東の核保有宣言を聞いて頂きましょう。

「われわれは西側諸国と話し合いをすることは何もない。武力をもって彼らを打ち破ればよいのだ。核戦争になっても別に構わない。世界に27億人がいる。半分が死んでも後の半分が残る。中国の人口は6億だが半分が消えてもなお3億がいる。われわれは一体何を恐れるのだろうか」

スパイ連中が日本を攪乱する中、核を持ってはいけない、ならず者国家がまた一つ増えてしまった。

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