タブーに迫る、ヒットラーは歴史上最大の悪魔だったのか

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令和のサムライ通信:ヒットラーのタブーに迫るの巻

勝ち組の一方的な独断と主張を強要することはもう止めにしてもらいたい。
今更の話ではあるが、歴史を見ると、勝てば官軍で、勝者はとことん美化され、敗者は一方的に悪の象徴として地獄に突き落とされる。
勝者は物事をすべて塗り替えることも出来てしまう。
しかし、2000年の時を超えた今、ようやく人類は平等の原理に到達することが可能となったのです。

 

勝ったと言っても、スターリンが英雄であるはずがない、それは戦争屋のチャーチルも原爆を落としたトルーマンも同じです。

そして調子者で中国をかすめ取った毛沢東など、ただただ偶像化された冷酷人物なだけで見るべきところも無い。

 

結局、勝ち負けは単に力の問題なのです。力は単に野蛮の発想でしかない、そんなもので正義と悪を振り分けることはナンセンスなのです。

ヒットラー率いるナチスドイツなど一切肯定はしないが、スターリンや毛沢東のような身内の権力闘争だけでのし上がってきた冷酷な独裁者と比べると遥かに見るべきところがある。
それは勿論、ユダヤ排斥を除いての話です。

今回は、タブーであるナチスドイツのヒットラーにスポットを当て、彼が何をしてきたのか、2回にわたって簡単、判りやすく解説して行きます。

ヒットラー率いるナチスの台頭
1930年初頭のドイツの実情は、第一次大戦の敗北から多額の戦争賠償金の支払いが尾を引いて、立ち直るのには程遠い状態でした。

更には世界恐慌の煽りも受け、国民の生活は貧固の絶頂で、まさに絶望の日々という様相だったのです。

そうした中で、当時、世界で一番公平と言われたワイマール憲法の選挙によって選出されたのがヒットラー率いるナチ党なのです。

ヒットラーは独裁者であるというイメージが定着されていますが、それは少し違います。
ヒットラーは「ワイマール憲法」の下で国民から公平に選出された権力者だからです。

ワイマール憲法とは何ですか?

ワイマール憲法は、男女平等を掲げ、労働者の権利を重視した法律として、当時としては、世界で最も民主的と言われた憲法のことです。

どうして、そんなにいい憲法なのに機能しなかったのですか。

それは、民主的過ぎることで勝手な主張ばかり唱える政党が乱立してしまい、意見の調整もつかなくなって、かえって混乱に拍車をかけてしまったのだよ。
結局は斬新的過ぎた故に時代とマッチしなかったというわけで、さらに景気が悪くなってしまったのです。

 

そうなんだぁ、しかしそこからなんでナチスが支持されたのでしょうか。

結局こうなってくると、国民が熱望するのは、国をとりまとめることが出来る強い指導者となるのです。そうした背景もあり、この混乱した社会風土から抜き出てきたのがヒットラー率いるナチ党だったというわけです。

ヒットラーが国民の支持を取り付けていったのは、聴衆を酔わせる神がかり的な演説の魅力です。
ヒットラーは演説によって巧みに人を惹きつける天才なのです。

ヒットラー率いるナチ党は、ここで着実に国民の支持を取り付け1932年には第一党の議席を確保するまでに拡大し、翌年には、ヒットラーが首相に就任して政権を掌握したのです。

ヒットラーという人は、最初はそんなに熱望されていた人だったのですね。

ヒットラーは確かに国民から支持を受けていましたが、まだまだ完璧には程遠かったのです。
それは当時のドイツには、達成不可能といえる余りに多くの問題が山積していたからです。
病弊した経済の立て直しには20年の歳月がかかると言われており、ヒットラー政権の前途は多難を極めることが予想され、この時点では、ヒットラー率いるナチ党が成功するかは半信半疑だったのです。


何せ当時のドイツは、失業率が30%を超え、600万人の失業者で溢れ返っていたのです。そんな悲惨な状況下でスタートしたのがヒットラー政権だったのです。

 

ヒットラーという人も最初の船出は、大変だったわけですね、けど、この難題をクリアしたということなのでしょうか?

そうなんだよ、ヒットラーの構想の中で、特に大きかったのがアウトバーンという世界初の高速道路の建設なのです。
今、世界中にある高速道路は、実はヒットラーが最初に事業を立ち上げたのです。

また、ヒットラーは、今でいう高層ビルの建設にあたる巨大建造物の事業計画などのインフラ事業を次々と実行して、多くの雇用を生んで、一気に失業率を改善させたのです。

さらに、アウトバーンは自動車産業の成長を促し、自動車を金持ちだけでなく、全国民が持てる制度に転換したのです。

特にヒットラーが力を入れたフォルクスワーゲンは、皮肉にもドイツ敗戦後にアメリカ進駐軍に重用されたことで、世界的にヒットし急成長を遂げるのでした。

ヒットラーと聞くとホロコーストのイメージしか浮かばないので意外過ぎます。確かに冷静に考えると独裁者と言っても、ドイツの国民から選挙で選ばれた人なので、国民の期待に応えないとなりませんものね。

そういうこと、そもそも、ヒットラーはワイマールの民主的な選挙で選出された人物なので、スターリンみたいな独裁者ではないのです。
特に労働者の人権を重視して、法律で時間外労働を厳しく制限するなど、労働者を手厚く保護したり、青少年育成事業として学校教育の見直しや学費の免除など、教育水準も向上させたのです。
こんな話は、ヒットラーを肯定する話となるのでタブーにされてきたのです。

 

うーん、そういう話は聞いたことも無かったです、というかヒットラーというだけで話に入っちゃいけませんという感じでした。

ヒットラーは、スターリンのように恐怖で取り巻きや民衆を支配していないし、ユダヤ人以外には、極端な恐怖政治を引いたわけでもない、何より国民の支持は絶大だったわけで、いわれるほど独裁者でもないのです。

 

何か、いいこと尽くめですね、聞いちゃっていいのかなという変な感じです。
この時期は、まだヒットラーは、悪評を呼ぶような悪いことは行わなかったということですか。

この時点では、驚くほど全てが順調に成功していたので、ヒットラーのカリスマ性はうなぎ登りの勢いだったのです。
しかし、この成功の裏で着々と進んでいたのがユダヤ人への排斥運動なのです。
そしてナチスは、とうとうユダヤ人排除を決定づける、有名な「水晶の夜」事件を実行したのです。

 

この辺からヒットラーと言う人は独裁者みたいになってしまったのですね、ところで、「水晶の夜」事件とは何ですか。

「水晶の夜」は、パリで起きたユダヤ人青年のドイツ大使館襲撃事件を口実に、報復としてドイツ全土で起こったユダヤ人住居や商店、ユダヤ教会シナゴークへの破壊行為です。
因みに「水晶の夜」とは破壊された商店街のガラスの破片が散乱する情景からゲッペルス宣伝相によって「水晶の夜」と名付けられたのです。

ユダヤ人への迫害は、この事件をきっかけにエスカレートして行き、ホロコーストへと向かって行くのです。

歴史家の多くは声を潜めて言うのです。この時点で、ヒットラーが亡くなっていれば、ヒットラーはドイツの歴史上最高の政治家として未来に名を馳せたであろうと。

明日は、瞬時にヨーロッパを制圧したことで、野心の塊となったヒットラーの凋落に迫って行きます。

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