維新の英雄「坂本龍馬暗殺の真実」に迫る

歴史人物 本物と虚像

令和のサムライ通信:坂本龍馬暗殺の真実の巻

「令和のサムライ通信」今年最後の記事は、すべてが作家先生方に脚色され英雄化された虚像の人物である坂本龍馬の伝説を取り上げ締めくくりたいと思います。

龍馬とは本当に近代日本の礎を築いた中心人物なのだろうか、それともただのパシリだったか。

今に至っても、こうした熱い論争が繰り広げられているのです。

それは龍馬の存在自体がどちらとも取れてしまう不思議で謎の人物だからです。

 

司馬遼太郎の国民的大人気ベストセラー「竜馬が良く」の竜馬と龍馬。

この小説から見ると、本物の龍馬の実像は2割程度が当て嵌まるというのが妥当かも知れない。

突然、現れた英雄
明治維新には完璧に世の中から忘れ去られていた龍馬であったが、明治16年になって、坂崎紫瀾という明治の放蕩作家によって突然、幕末の英雄となって息を吹き返したのです。

今回は、謎に包まれた「龍馬の最期」に触れてみます。

龍馬暗殺は、見廻り組犯行説が定説化されたことで、中々他に異論を挟めない状況となったようです。

しかし見廻組が有力説とされていても100%とも言い切れない、それは、龍馬を襲撃したという今井や渡辺の証言も殆ど後付の話だし、かなりの食い違いがあるからです。

龍馬の謎は物語に振り回されている
結局、龍馬と中岡が惨殺された事実以外は想像の世界なのです。

ということで、とかく龍馬の話は、真実を検証するというより、作家先生に乗せられて創作の部分を勝手に紐解いているので、謎が謎を生む展開となっているのです。

この話は何度も取り上げられており、今更感があるが、数々の矛盾、疑問を紐解いて少し違った視点で迫ってみたい。

確かに京都見回り組犯行説は動かない
先ずは、定着化した京都見回り組犯行説ですが、どう考えても腑に落ちない部分があります。

それは、寺田屋事件では30人いや50人ともいわれる取り方人員を配置しながら、ピストルでの反撃を受けて、2人が射殺され、その他何人もの負傷者も出した上に、取り逃がすというメンツ丸潰れの最悪な失態を犯しているわけです。

これで龍馬の恐ろしさ、手強さは充分に知れ渡ったはずです。そして何よりピストルという飛び道具の恐ろしさを充分体感したはずなのです。

怨念にかられた龍馬暗殺隊がこの教訓を生かすとすれば、綿密な計画と万全な体制で挑むことは当たり前の常識だと思うのです。

無謀な襲撃
例えば、前回30人でも大失敗を犯したのであれば、倍の60人体制で周囲を取り囲んで完璧な布陣を引くなど、特に、ピストルへの脅威、ピストル攻撃への対策は一番の課題であったはず。

それなのに、総勢7人という少人数で、しかも4人足らずが、飛び道具も無く踏み込むなんてあり得るかということです。

土佐藩内部にも協力者はいた
通常、敵陣に押し込む場合、内部の見取り図を把握しておくなど、それ相当な準備が必要ですし、まして、少ない人数では、前回同様の反撃にあって駆逐されかねない。

こうなると、見回り組の犯行だとしても、土佐藩内部に複数の協力者がいたことは確実だということです。

一番の情報は、龍馬が拳銃を携帯しているかです。龍馬が拳銃を所持していたら、返り討ちにあう可能性が大です。いくらなんでも前回の教訓を踏まえたらそんな無謀なことはしないでしょう。

そうなると龍馬暗殺隊は拳銃不携帯の情報を掴んでいたのです。

一撃で脳天頭蓋を粉砕された龍馬
龍馬は脳天を粉砕された致命傷によって、ほぼ即死状態であったとされていますが、刀の刀身(とうしん)部分で人間の脳天を割ることは不可能なのです。

日本刀で脳天を渾身の力で振り下ろしても、刃が頭蓋骨に食い込むことはなく、刀の刃が横滑りしてしまい、致命傷どころか威力の無い拍子抜けの状態になるそうです。これは相手が静止状態でも同じなのです。

鋭い刃は肉を斬り裂くときは有効だが、骨などの硬い部分を砕くにはそぐわないのです。特に頭部などの硬い部分は、バウンドしてしまうか横滑りしてしまうのです。

 

龍馬への最初の一撃は、刀の鋭い刃の部分刀身(とうしん)ではなく、反対側の分厚い鎬(しのぎ)と言われる部分で頭蓋骨を粉砕したもののようです。

 

これが出来るのは、実戦を熟知した相当なプロの仕業でしょう。

長い刀を思いっきり振り下ろせば、かなりの遠心力が加わり、金槌で殴る数倍の威力を発揮するのです。これで一撃を食らったらひとたまりもありません。反撃不能の致命傷を与え、後は透かさず、刀の先端の切先(きっさき)部分で顔面、首、胸部をメッタ刺しにしたのでしょう。

また重要なのは、龍馬が座ったままの状態で、至近距離から刀が振り落とされたと推定できることです。

龍馬が警戒して立ち上がっていた場合は、狭い空間でも相手との距離を置くだろうし、的を外す確率が高くなる、壁に押し付けられた場合は、上段から脳天への正確な一撃などはあり得ないのです。

分厚い鎬(しのぎ)の部分も刀の先端部分では威力は半減してしまうのです。そうなると龍馬への一撃は一番衝撃力がある鎬(しのぎ)の真ん中部分で頭蓋を叩き割られたことが理解できます。

龍馬襲撃は顔見知りの犯行
これは警戒心もない相当な油断があったことを意味するものです。立ち上がる間もなく唖然とする状態で不意を突かれたわけです。

こうなると相手に顔見知りがいた可能性が大です。

中岡の場合はどうか、人間は刃物で切られても、中々即死には至らない。龍馬はたまたま脳天の急所を打たれて即死となったが、中岡がめった切りされながら2日間生きていたとしても驚く事でも無い。

小刀を持って応戦したという説もあるが、この状態になってしまってはもう無理です。やられっ放しのめった刺し状態で、しかも暗がりの中での修羅場なので、相手の顔を確認するなどの余裕も一切ないでしょう。

ということで、実行は見回り組であっても、黒幕も当然いただろうし、内通者、協力者の影が付きまとうということに尽きます。

拳銃携帯の情報、龍馬在籍の情報、部屋の見取り図、暗殺隊の招き入れ、屋根伝えの逃亡経路の把握、自分たちの逃走ルート、これらを事前に把握・協議し、相手に察知されないよう綿密な計画の上で実行されたものです。

龍馬は間抜けだったか
いきなり踏み込まれていきなり斬りつけられたという説も濃厚ですが、だとしたら、脳天の一撃で悶絶していることからすると、龍馬は北辰一刀流どころか、機転の利かない相当な間抜けということになる。

また、十津川郷士を名乗った人物を招き入れたとしたら、龍馬とは危機管理を持たない相当なノー天気野郎だった可能性が浮かびます。

何より、これでは寺田屋での九死に一生の危機の教訓がまったく生かされていないからです。

寺田屋事件は脚色か
こうなると、龍馬の話なので、寺田屋の武勇伝自体が、話半分かそれ以下で大袈裟に話を盛っているとしか考えられません。

寺田屋事件は事実であろうが、本当のところは、下手すると1割程度なのかも知れない。

そもそも、目の前で見方が二人も射殺される光景を目のあたりにしたら、戦意は挫かれるのは当たり前のことです。

よく、テレビの物語では、取り方が執念に燃えて、逃亡した龍馬を捜索する場面がやたら映し出されますが、物騒な暗闇の中でそんなバカをやる奴はいないということです。

寺田屋事件と近江屋事件の違いは、殺すつもりで来たのと、捜索で来たのでは段違いということです。

事実はもっと地味で生々しいものなのです。

龍馬の話となると、とかく劇場型となり、暗殺までもが脚色に満ちた創作の世界となってしまっているのです。

ちょっと大雑把でしたが如何なものでしょうか、龍馬の最期から紐解くと、龍馬とは頭脳明晰にして俊敏な男ではなく、普通にマヌケでノー天気な憎めない男と言う判定が下されてしまいました。
読んでいただきありがとうございます。それでは皆さん良いお年を

うーん、チョット残念な龍馬さんでした。
わからないことだらけなので来年も色々なテーマで質問させていただきます。
良いお年をお迎えください。

来年は3日からブログを始めさせて頂きます。

来年も応援よろしくお願いいたします。

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