二度と見たくない少年法が生んだ退廃した「不良文化」

偽り人権国家日本

令和のサムライ通信:少年法が生んだ「不良文化」の巻

少年法の改正は過去に何度も問題視されてきたのですが、その都度、悪徳弁護士などの人権屋達に阻まれてきたのです。
そうした中で70年から90年にかけて生み出されたのが、社会の荒廃の象徴ともいえる「不良文化」です。

 

今回は、このインチキ人権屋どもの偽善のお陰で、少年犯罪の加速を生み、退廃を尽し風紀の乱れを呼んだ、30年以上にもわたる「不良文化」にタイムスリップしてみます。

不良が多いということは国の民度の低さを物語る最悪な現象の一つです。

とどのつまり、それを助長させたのがマスコミであって少年法だったということなのです。

 

なんで改正反対の人達の主張が通ってしまうのでしょうか。

それは不良の犯罪は統計には現れないからなんだよ、そもそも少年犯罪は、発覚すること、捕まることが稀だからです。
それは紛れもなく少年法が立ちふさがるからなんだ。
たとえ、捕まったところで少年法の効力で手厚く保護されるし、世の中全般が見て見ぬふり状態だからだ。
また、発覚しない一番は、不良どもの仕返しを恐れて誰も言い出せないからです。

 

確かに不良の仕返しの効力は物凄いインパクトがありますよね。

その通り、中学でも高校でも、不良が回りを支配しているので、不良の存在は絶対なんだよな、学校や教師なんかに訴えでもしたら、それこそ途轍もない仕打ちが待ち受けているのです。支配する不良に全員が共鳴して、チクリ屋、卑怯者のレッテルを張り総攻撃を喰らうのが定番化しているというわけだ。

 

それで不登校になったり、最悪、自殺する人が多かったのですよね。

要は、不良が恐くて全員が不良にマインドコントロールされちゃっていたということだな、
なにより、罰則が無いに等しいので、仕返しが簡単に出来てしまうわけだ。何より、不良のチクリへの脅しはもの凄いからな、
仕返しされたことを言おうものなら、その後は完全なに地獄にあうと言ってもいいだろう。

 

うーん、なんとなくわかるような感じですが、大人は一体何をしているのでしょうか。

教師も教育委員会も警察もまともに取り合わない、そもそもが、少年法と言う伝家の宝刀があるので上に行くほどワルに寛容だったりするのです。こうなると世の中に幻滅し絶望の日々となるのは当然のこと、結果、居場所も無くなって死ぬしかないという最悪の状況に至るのです。


不良を英雄に仕立て上げたマスコミの罪
不良、チンピラはいつの世も社会のクズである、その不良、チンピラを電波を使ってヒーローに祀り上げたのがテレビです。

当時のテレビや漫画雑誌は、過剰な不良達のヒーロー描写によって不良の歪んだ世界を強い者への憧れに変貌させてしまったのです。

こうしてマスコミは、ティーンエージャーの間で、不良少年、不良少女、ツッパリ、暴走族らに憧れ、カッコいいという風習を根付かせたのです。

この効果は絶大で、瞬く間に地方にも根付き、リーゼントなどの威圧的な不良ファッションが流行り出したというわけです。

しかし、不良文化は犯罪の温床なので、世の中の歪を生むだけでなく、被害者となる健全な若者にとっては恐怖の存在でしかないのです。

マスコミは、反抗的、反社会的な行動をよしとしてきたことで、結果的には一般大衆に向けた暴力を助長し歪んだ社会を築き上げてきたのです。

不良はなぜ生まれるのか
誰でも中高時代になると、こいつは一体どんな環境で育ったのだろうかというような粗暴な人物に出くわすことがあると思います。

まず、普通の家庭ならば誰だって自分の子供が不良になってほしくはないと思うものです。

ところが、親自体がワルだとそうではないらしい、彼らは舐められたらお終いというシビアな世界で生き抜いてきたことで、自分の子供達にも粗暴な精神を植え付けその生きざまを継承するのです。

まあ、100歩譲れば確かにそれも一つの生き様なのかも知れない。

しかしながら、そんな粗暴なガキが世に放たれたら周りは堪らないのです。

幼少期からサバイバル精神で鍛え上げられた不良の子供に、一般の子供は太刀打ち出来る筈もないからです。

こうしたプロの不良によって、支配下に置かれた層が不良となっていき、不良の輪が広がって行くのです。

虐めを防ぐには不良になるのが手っ取り早い
特に不良全盛期では、度を越した不良からの暴力が蔓延したことで、自分への暴力を回避するには、不良の配下となって、今度は虐める立場になるという負の連鎖となっていったケースも多いのです。

こうしたにわか不良も加わり不良はどんどん増え続けて行ったのです。

少年犯罪への緩みが「不良文化」を生んでしまった
当時の世の中は、日弁連の人権弁護士や朝日を中心としたマスコミの過剰な悪どもへの擁護や警察の取り締まりの緩さ、更にはテレビや漫画による暴力描写の背景が後押ししたことで、犯罪予備軍ともいえる若者の「不良文化」が栄えてしまったのです。

当時のティーンエージャーの不良達は盛り場だけでなく、首都圏の駅と言う駅には威圧を伴う見苦しいいで立ちで縄張りと称してたむろし、著しく景観を損ねていたのです。

特に公立中学は不良OBの溜り場と化し、学校内を支配していた状態で、校舎の窓ガラスは常に破壊に合うなど荒れ放題だった。

公園までもが不良に占拠され、幼児も遊びに行けない有様だったのです。

また、当時は「カツアゲ」と称する強盗傷害が不良の間で公然とゲーム感覚で繰り広げられていたのです。

不良達はこぞって、相手を脅しつけ金品を奪った不良自慢を自画自賛するありさまです。

それこそ、警察が本気で取り締まったら、毎年100万人近くの不良が前科者にされたことでしょう。

不良文化は、喧嘩自慢や安易な快楽へと導く至って低レベルのものなので知的水準を大幅に下げるのです。

当時の首都圏の高校は、今とは段違いなレベルだったというわけです。
とにかく、不良が多い学校ほど一目を置かれるという恥ずかしい世の中と化してしまったのです。

うわーっ恐ろしい、10歳以上の先輩方の話では、目と目があったら殴られたとか言っていました、そんな話を聞くと、こんな時代に学校生活を送らなくてよかった。

そうなんだよな、悪ガキは少年法のお陰で、何のお咎めも無くスル―出来ちゃったわけだ。
まあ、この時代はガキがこれだけ荒れていた時代なんで、大人の荒れ方も酷かった、他でも話しているが、煽り運転なんて、いまどき大騒ぎしているけど、この時代は煽りなんて当たり前で、交通トラブルで掴み合いなんて年がら年中のこと、とにかく、暴力が絶えない退廃した世の中だったのです。

 

そうか、今はとても穏やかな世の中になったということですね、でも気がかりなのは、弁護士の先生方が頼りにならないことはショックでした。

日弁連の執行部は日本人が大嫌いな偏屈な人権先生に乗っ取られてしまっているので、国民と敵対する話ばかりとなってしまうのです。
しかし、半分近くの弁護士先生方は、さすがに少年法や犯罪加害者への過剰な擁護に対しては疑問を抱いているのです。
しかしながら、面と向かって言い過ぎると日頃の職務にも影響を及ぼすので口が重たいのです。なんとか、この理不尽に異を唱える弁護士先生の活躍に期待したいものです。

 

少年法を改正させるいい案とかはないのですかね。

一番いいのは、少年法の改正を選挙公約の争点の一つにすることだ。そうなれば堂々と事前に各党の意見が聞けるしね。
日弁連も人権屋も各政党も、国民の多くが、悪党をのさばらせる少年法なんて改正してほしいと思っていることは判り切ったことなんだよ。だからこれをやられると不味いんだ。
本来、これを音頭取りするのはマスコミなのだけどね。

 

マスコミは悪党をのさばらせる少年法を土台にして、「不良文化」というゲスな代物を作り上げた。こうして多くの健全な若者達の心は蝕まれ、犯罪のターゲットに晒されて行ったのです。

日弁連やマスコミの罪は重い

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