死刑廃止論を歪んだ人権と絡ませて考えるのは論外だ

偽り人権国家日本

令和のサムライ通信:歪んだ死刑廃止論のまやかしの巻

神奈川県座間市で男女9人が殺害された事件の白石隆浩の死刑判決が出ました。
今回は、100歩譲って、凶悪犯罪者を大甘にさせる死刑廃止論の是非について考えてみます。

 

どう冷静に考えても、座間や京アニなどの稀に見る凶悪犯罪者が死刑を逃れるなんて考えられないし、あってはならない話です。

親が殺されたり、子供が殺されたりしたら、誰でも復讐心にかられるし、被害者が加害者の死刑を望むのは当たり前のことで、その心情を一歩踏み届ませるにはそれなりに理解に及ぶ納得の対処が必要ということです。


日本にとって死刑廃止は危険な極論
そもそも日本の場合、被害者やその家族の人権がまったくもって無視され泣き寝入り状態の中で、加害者側が過剰に守られ続けるという歪な構造が出来上がっているのです。

そうした異様な状況で、死刑廃止論を唱えるのはとても危険な話しとなるのです。

安易な形での死刑廃止は論外、もし死刑を廃止するのなら、死刑相当者は、人権もはく奪して完全隔離状態とするべきと考えます。

鬼畜!白石隆浩
今回、死刑判決が出た白石隆浩、コイツの態度には、怒りを通り越して、早く世の中から抹殺してほしいと願うばかりです。

週刊誌の報道で彼は、「後悔しています。もっと美味いものを食って、女の子と遊び、ゲームもしたかった」と語る一方で、いまだに被害者への謝罪や反省の言葉はない。

それどころか、彼の後悔とは、事件がバレたことへの後悔で、もっと多くの人間を殺し続け、絶対に捕まらない完全犯罪を成し遂げたかったというものなのです。

ここまでくると人間の皮を被った悪魔でしかない。

そして彼がジャーナリストや記者たちに求めてきたのが、取材に対する現金の要求です。

こいつは図々しくも面会した報道各社に対して食品や嗜好品などを買うために同じような条件を提示しているというのです。

生きているうちは、その金で好きなものを毎日食べて、せめて幸せ感を味わいたいということらしい。

今の日本の拘置所は、こんな凶悪犯罪者でも人権配慮が行き届いているので、金さえあれば麻薬と酒以外の嗜好品は買えるのです。

こんなことを聞いてしまうと、即刻消えてほしいと願いますよね、本当にひどすぎるし、遺族の方々の心情をサッすると言葉も出ないです。

こいつは、その為に、手記を書く出版社やジャーナリストなどに金を要求しているわけです。今後は本を出版して、その印税で好きなものを食って過ごそうということ、こんな奴の本など目にするだけでも吐き気がするよね。死刑どころか、八つ裂きにしてやりたいよ。
こんな奴の本なんて不気味で気持ちが悪いだけ、誰も読みやしない、出版社も評判を落とすだけなので止めにした方がいいぞ。

この白石いわく、解任した弁護士が、罪を認めてしまった白石を叱責して黙秘しろと公判の引き延ばし作を要求してきたというが、ここまで事件の経過が世間に晒されているのに、今更黙秘も何もないだろうに、日本の人権屋弁護士は本当にあざとく陰湿だ。

もし、死刑廃止となったら、こういう人はラクをさせないための特別な処置をして隔離してもらわないと納得できませんよね。

その通り、こんな何の反省も無い化け物のような奴を国の税金を使って楽をさせるなんて、考えただけでも激しい憤りを感じるよね。
まあ、こういう奴には必ず反日人権屋や同和がらみの得体の知れない連中がまとわりついて、獄中結婚などのクズ支援活動に廻ったりと、執行期間までは結構気楽な余生を送ることが出来てしまうのです。
人を何人殺しても死刑にならないとなると、死刑廃止は、こういう連中の都合のいいキーワードとなることは必然です。


死刑廃止論を唱える偽善者の欺瞞
死刑廃止論を唱える人権屋の言い草は、まったくもって身勝手な持論を並べたてるのです。

犯罪を犯す経緯は不幸な生い立ちや社会の歪からくるものと捉えているので、殺人など凶悪犯罪を犯した人間は特に善人であり社会的弱者なので徹底的に救えとなるそうです。

これでは、人権がゆがんで見えますし、普通の感覚とはへだたりがありすぎますよね。

彼らの主張はいつも同じ、個人が犯した犯罪を社会のせいにすり変えるのです。これでは裁判自体が機能しない話となる。
弁護士が加害者の人権を守ることは当たり前の行為だけど、散々綺麗ごとの偽善を並べ立てながら凶悪犯罪者を守ろうとするだけで、被害者への救済は全く行わないのです。


100
歩譲った議論
こんな連中に共鳴するものは何もないが、もし、死刑の廃止をしたならば、確実にやっておかねばならないことを考えてみたい。

そうなると、無期懲役の罰則規定の法改正は必須です。通常の無期懲役とは別に、仮釈放なしの新たな最高刑の刑罰を設けなければならない。
刑が確定したら、死刑相当者の特別施設を作って完全隔離することです。

あり得ませんけど、もし死刑廃止となったら、そのあり方とかで色々と揉めるのでしょうね。

そうだね、生きているうちは人権だとか言って畳みかけてくるだろうからな。
大体、自民党の政治家達は日弁連や野党の人権屋さん達にいつも怯んでしまい、話が彼らに都合の良いように骨抜きにされてしまうのです。しかしこれに関してだけはご免です。

 

のほほんと暮らされたらたまりませんし、仮釈放で出てきてしまったら最悪です。死刑を回避したのなら、それなりに厳しく管理してもらわないと納得できませんよね。

そう、であればせめて、人権屋が言う「生きて償い」を実践してもらおうではないか。
世の中から完全隔離し時間をはく奪し、一生薄暗い独房で毎日虚しく辛い絶望を味わっていただき家畜同然となって償いの日々を送ってくださいということです。
人権屋さんのお望み通り死刑の廃止に同意してあげますから、それ以降は人権屋の出入りはシャットアウトということにすればいいのです。
通常の刑務所の人権配慮などは完全抹消し弁護士は勿論のこと報道陣そして身内であろうと外部の人間との接触は一切遮断させるくらいの厳しい管理が必要です。

何をやっても死刑にはならないということで、世の中の悪を甘やかさない為に、特別施設に収容されたら人間としての尊厳は完全に失い家畜同然として生きなければならないという本当の恐怖を知らしめておかねばならない。

これくらいは死刑廃止の最低条件だと考えます。

まとめ
死刑廃止論者達は、冤罪の可能性を指摘して揺さぶりをかけたりしてくるが、今では死刑判決ともなると昔と違い実況見分が詳細化されているので冤罪の確率は極めて低いし、そもそも冤罪は別なところで議論するべきことです。

確かに日本は、凶悪犯罪者と軽犯罪者を一緒くたにするなどの人権を蔑ろにする国家権力の横暴がまかり通っていることで、人権後進国のレッテルを貼られる部分が多くあるが、これこそは人権を標榜する弁護士や司法関係者の怠慢からくるものです。

しかし、こと凶悪犯罪に関しては、むやみやたらに死刑を乱発しているわけではないのです。

また、欧米先進国での死刑廃止は、理性にもとづいて死刑が廃止されていると解釈するのは早計です。

それはヨーロッパの多くは、キリスト教の精神の観点から発したものなので、日本とは相いれないところもあるからです。

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