世界が注目する活動家「マララとグレタ」の違いは何か

環境問題:資源・グレタ他

令和のサムライ通信:マララとグレタの違いの巻

グレタさんは、第二のマララさんとしてデビューを果たしたが、どうやらグレタさんはマララさんにはなれない予感がしてきた。


前回は、グレタさんの存在と活動を簡単に触れてみましたが、今回は、最年少活動家として今後も比較されるであろう、ノーベル平和賞受賞者のマララさんとの違いなどを簡単、判りやすく触れてみます。

 

 

純粋に思うのは、若者の主張や意見が注目されることはとても良いことですよね、若者の声で世の中を変えられることが出来たら最高だし、何といっても未来の主役は若者達ですものね。

若者が声をあげることは大賛成だし願っても無い話です。
マララに関しては申しぶんないけど、グレタは可愛げがまったく無いからな、しかも悪い大人の回し者だったとしたらドッシラケもいいところだよね、日本のマスコミなんかは、判っていながらそういう色のかかった奴を率先して取り上げるから少し斜めに見ないといけないのだよ。

 

マララさんとグレタさんは確か対談をしましたよね。

マララとグレタの対談は今年の2月に英オックスフォード大学で実現したが、当然の如く社交辞令で互いの活動を称えあったという感じかな、マララの陣営からはあまり深い拘りは避けたいところだろう。今は何でもグレタの箔づけに利用されるだけだからね。


グレタは一歩間違えると危険な存在となる
マスコミのグレタ報道は加熱したが、その言動があまりに激しすぎたことで、一般大衆からの支持はどんどん風化していった。
二酸化炭素排出量を減らしていくことは、避けて通れない世界的な緊急課題です。

しかし、現在は資本主義国家だけでなく社会主義国家でも自由な経済活動を行って国家の成長と繁栄を築いているわけです。
そうした中では、エネルギーの確保は絶対なものなのです。その現実を見ないで、一方的に恥知らずと言われても返す言葉もないわけです。

グレタさんは、経済なんかどうでもいいから、とにかく環境だということなのだそうで、そうなると、多くの国の国民は一斉に路頭に迷うことになり、特に都市部で電力が喝破した場合は餓死者も続出する、グレタさんのスローガンは、ノーベル賞に値する救世主どころか原始ポルポトや毛沢東の再来かということとなるのです。

マララとグレタの比較
マララさんの場合は、活動が発覚すれば即座に殺害される危険がある恐怖政治の中での活動なのに対して、グレタさんの運動は大ぴらに大衆を呼び込むことが出来る平和な場所での活動なのです。

そして、学校に行きたくても、学校を破壊されて行くことも出来なかったマララさんに対して、グレタさんは、学校をボイコットしてストを決行するという、まるで正反対の環境なのです。

ということは、この二人の活動は、まったく比較の対象にはならないということなのですね。

マララさんの場合、2014年にノーベル賞を受賞した後でも、パキスタンに帰国出来たのは4年後の2018年なのです。未だに敵の怨念は凄まじくマララさんは常に命を狙われる危険な環境にあるのです。
とてもじゃないが、グレタさんのように民衆を挑発する行為など論外なわけです。


マララの過酷さを簡単に紹介
アフガニスタンで国を支配していたイスラム原理主義組織タリバンは有名ですよね。
このタリバンがマララさんの住むパキスタン・スワート地区にも現れて、地域を制圧してしまったのです。
ここからマララの不幸が始まるわけです。

彼らは容赦のない弾圧を繰り返し、逆らう者は、即座に殺害するか、むち打ち、石投げという刑罰を行うなど恐怖支配を行ったのです。

特に、女性の社会進出には厳しく、女性が学校で学ぶことなど論外であるとして、地域のすべての学校を破壊して、女性が学ぶことを一切禁止させ、更には、テレビ、音楽などの娯楽はイスラムの教えに反するとして、音楽を口にしただけでも処罰されるという恐怖政治を断行したのです。

この過酷な中で、死を恐れずに抵抗したのがマララさんなのです。

マララさんが11歳の時に、この恐怖支配の惨状と抑圧された女性の権利を秘密裏にブログを使って発信続けたことで、世界中から注目を集めることとなり、パキスタン政府もとうとう重い腰を上げて、タリバン掃討作戦を展開してタリバンをパキスタンから追い出すことに成功したのでした。

しかし、このことでマララはタリバンの復讐心をかい、スクールバスで下校していたところをタリバンの残党に銃撃され、側頭部を撃たれてしまうわけです。

マララは生死の境をさまよいながらも、いく度の手術を経て奇跡的に回復したのでした。

その後は、ご承知の通り、16歳の誕生日にニューヨークの国連本部に招かれ、女性の地位向上や平和の尊さ、教育の重要性を全世界に訴え、世界中の共感を得たのです。

この日は「マララ・デー」と定められ、その後も「マララ基金」を設立するなど、精力的に活動を開始していったのです。こうした精力的な行動と功績が認められ、マララは17歳という史上最年少の若さでノーベル平和賞を受賞したのでした。

なんか凄すぎて言葉も出ません。頭を打たれて悲惨な状況から回復した女性というイメージはありましたが、そんな過酷な背景があったのですね。

実は、母国に帰国できたマララさんに対しては歓迎ムードばかりではないのです。マララさんには連日にわたって脅迫が相次いでおり、タリバンに洗脳された信奉者が彼女の命を狙っているのです。
グレタの支持者たちは、このマララの17歳の記録を超えてグレタの16歳でのノーベル賞受賞を目指したのでしょう。
しかし、グレタの場合は、話の規模は大きいがパフォーマンスだけで中味が伴わないことは歴然です。この状況だけでノーベル賞受賞はいくら何でもあり得ません。

 

グレタは現実を直視せよ
世界の二酸化炭素(CO2)排出量は、中国の9,419.62百万トンが突出しており、2位のアメリカが5,017.89百万トン、インドの2,481.05百万トン、そしてロシア1,550.77百万トン、日本の1,150.06百万トンと続くのです。

日本のマスコミは中国が不利となることは殆ど黙視しますが、急激な気候変動をもたらした要因の一つは、中国の急激な工業化に伴う二酸化炭素(CO2)排出量の増加であることは誰が見ても明白なのです。

ということで、この問題の根源は中国にあると言っても過言ではないのです。コロナに関係なく、グレタさんもマスク無しではいられない北京の空気と澱んだ空をご存じのはずですよね。

まとめ
グレタには今後の起死回生はあるのだろうか、最初に騒ぎ過ぎたことで手詰まり感が拭えない。

ヨットでの移動というパフォーマンスなどは明らかに子供の発想とは思えないし、周りを急かす割には、余りに極端な行動を取ったことで飛行機にも迂闊に乗れないという自らの活動の場を縮めてしまった感がある。

ノーベル平和賞という箔づけに失敗したことで、世間の注目度は急激に萎んでしまったようです。

これからは、ヨーロッパの片隅でローカルな活動に専念されることを願うばかりです。

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