「張本発言」問題はTBSにあり

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海ヒト人:張さんは、昔とちっとも変っていなかった。張さんのアクが全開となり、老害コーナーに成り果ててしまっている

「張本発言」問題はTBSにあり
張さんの場合は、大リーグでの日本人の活躍などに、とかく茶々を入れてくるのです。早い話し、言わなくともいいことばかり、今回の発言もそれに輪をかけたもの、まさか、TBSが言わせているの?それとも祖国の援護射撃?しかしながら、この番組の構成自体が差別を標榜して反政府を討論する内容なわけで、いい加減視聴者も堪忍袋の緒が切れたということです。

 

今回の発言は、スポーツの種目を差別的に捉え、さらには女性を見下した極めて危険なものなので、放送事故の類なわけです。

それにしても、これだけの偉業に対しては、私情は慎み功績に対して称賛の言葉をかけるのが常識です。


実は、張さんの脱線暴言は今に始まったことではなく、随分と前から取り沙汰されていたのです。

しかも、それは日曜朝のサンデーモーニングという同じ番組内でのことなのです。

これは、ある意味、局、番組自体が発言を容認、助長していると思われても致し方ないわけです。

 

ところがこの番組の特質は蔑視や差別を朝から徹底糾弾するという討論番組なのだから、お笑いもいいところです。

ということで、この話は張さん個人だけの話しではないこと、いかにTBSというテレビ局が世の趨勢を無視、軽視し国民を愚弄しているかが伺える話なのです。


サンデーモーニング

私はこの番組を何年も見ていません。

何と言っても、せっかくの休みなのに、朝から陰湿連中のネクラ話など聞きたくもないので御免被りたい番組だからです。

 

 

まあ、皆さんご存じのことなので、今更この番組の説明など無用なことです。

この番組が調子よく生き延び長らえてこれたのは、“あっぱれ”と“渇”で陰湿さを和ませたことに尽きるので、このコーナーがあったお陰ともいえるのです。

 

“あっぱれ”と“渇ッ”は大沢親分の特許

そもそもこのコーナーは大沢親分の歯に着せぬ物言いが大受けしたことで人気を博していたもので、きついながらも和やかなところがあり、それこそ張さんも控えめだったのです。

 

ところが大沢親分亡き後は張さんの独壇場のコーナーとなってしまったわけで、そこから脱線状態が続いていったのです。


それにしても、張さんとは不思議な存在です。

あれだけの実績を残していたら普通はヘッドコーチやらは勿論のこと、2,3の球団の監督実績があってもおかしくない、ところがどの球団との拘わりもないのです。

ご本人は誘いがあったと証言しているが、結局は揉めてボツになったということです。

 

それは我々外野が見ても判ること、民族的なアイデンティティが強すぎたからということに尽きるわけです。

ということで、張さんは現役時代から使いづらい人で有名だったのです。

そんな張さんが何故ここに登場出来たのか、それはTBSさんならではの特別なご事情があったのでしょう。

大沢親分の人望を表に出すことによって張さんのアクの強さを軽減した演出は抜かりないものです。

 

日本の超一流選手を公然と非難し茶々を入れる張さん、確かにこの人の実績からすればこれくらいのことを言えて当然⁉なのかも知れない。

しかしいくら何でも毎度これでは、日本人が聞いていい気分にはならない。

張さんの発言は、我々高齢者の時代背景を意識した受け狙いのケースという人もいるが、張さんの話を聞いてホッとする高齢者など殆どいない。

 

ハッキリ言うと、張さんは我々の年代からも徹底的に嫌われていたのです。

同じ在日でも日本の野球界に心底貢献した金田正一のことを尊敬する人は多い。

金やんは陽気で愛されキャラそのものだった。

比較対象にもならないが、張さんの場合は、狂暴で陰湿屈折した人の印象しかないので、日本の為に野球を普及した人とは誰も思わない。

今で言う、長州力とヌルヌル男の違い、長州のことは皆大好き、けど、ヌルヌル男が好きだという人は変態くらいしかいない。


我々の年代が持つ張さんに対するイメージは、3000本安打の偉業を成し遂げ、選手としての実績は申し分のないものだが、同時に素行の悪さも天下一品だったということです。

当時もプロ野球選手は紳士の振る舞いが要求されていたものだが、張さんに至ってはそんなものはお構いなしの無視状態。

それこそ、清原や中田なんて超カワイイもの。

そちらの方では、後にも先にも張さんを越える人物はいないほどです。

ということで、張さんの助言は、年よりも若者も誰も望んでいない話なのです。

まあ、こういう話をするととかく差別などと噛みついてくるのがこの番組の得意技。

張さんは韓国の大英雄、そんな人物が日本のスポーツ界のご意見番などをしていただかなくとも結構なのです。

もともとこの人は、日本人への怨念の象徴のような人、大沢親分との演出で丸くなったように見せかけて出てきたが性根はまったく変わっていないということ、ならば次々とこうなって行くのは至極当然の成り行き、脱線でも何でもないのです。

考えてみたら張さんに、“あっぱれ”なんて言われるのも変だし、“渇”とも言われたくない。

もうこれ以上、日本のスポーツまでもが掻き回されては堪りません。

 

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