国民栄誉賞は政府のパフォーマンス

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海ヒト人:国民栄誉賞への権威がだんだん擦れ状態になってきた、国民栄誉賞も勲章の授与も、政府の選定基準の曖昧さが浮き彫りになってきてしまったようだ

国民栄誉賞は政府のパフォーマンス
大谷選手に国民栄誉賞を打診するも辞退の返答があったという、当たり前だ、何と言っても大谷選手はまだ若い、ファンとしては、こんなものを与えてよからぬプレッシャーをかけてほしくないという気持ちで一杯だ。なにより、国民は国民栄誉賞と聞いてもかつての崇高さも感じ取れないのです。

 

アメリカ大リーグで申し分のない成績を打ち建てMVPを受賞した大谷選手に国民栄誉賞を打診するも「まだ早いので今回は辞退させていただきたい」との返答があったという話。

さすが大谷選手、何と言っても、大谷は乗りに乗っている感がある。

そんな現役真っ盛りの選手への重たい受賞は足かせとなるので当然の返答です。

かつては、日本において最高峰の表彰といえば国民栄誉賞というのが定番であった。

しかし、近頃は、国民栄誉賞を乱発し過ぎてしまった感もあり、国民はあまり感動もしなくなってしまったのです。

国民栄誉賞は1997年の福田赳夫内閣時代に定められたもので、その目的は、国民栄誉賞表彰規定として「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」と規定されています。

国民栄誉賞の第一号は、世界記録を打ち立てた王貞治氏への功績を称えたもので、別格的大功績として、誰しもが日本の誇りと思う受賞でした。

しかし、それ以降の受賞者の方は確かに凄いと思える方ばかりだが、第一号が世界的偉業であったこともあり、どうしても見劣りしてしまう感もあるのです。

また、時と共に政権のスタンドプレーに利用されているのではという疑念も沸き、同時に選考基準への違和感も伴ってきたわけです。

松井が貰うなら、アメリカへの門戸を開いた野茂も貰うべきだし、長嶋が貰うなら、何で野村は貰えないの、金田は?千代の富士が先に貰って何で大鵬はずっと後回しなの、サザエさんが貰って鉄腕アトムが貰えない。

なでしこあたりから、一気に軽さが増してきて、もうどうでもいいような存在となった感がある。

第一、権威付けの最高峰と称されるノーベル賞受賞者の面々が一人も受賞されていないという不思議。

まあ、一人に与えたら全員に授与しなくてはならなくなるからでしょう。

それと、あまり若くして貰い過ぎるのも考えものです。その後の人生何があるか判らないし、変なモンに手を出しちゃったら、どっシラケだし。

 

国民栄誉賞ではないですが、国が功労を表彰するには慎重にならないといけないという事件も起きてしまいましたよね。

天皇陛下から授与されるという、日本の最高峰的な勲章である紫綬褒章を授与されたサザンの桑田の行為には、ほとほとガッカリさせられました。

もともと年齢にしては落ち着きのない人でしたが、やることが、ここまで子供とは思いませんでした。

人選を誤るとこういう想定外のことをやらかす人物が現れてしまうのです。

結果的に紫綬褒章の権威を失墜させ、国家、国民を侮辱したことは事実のことです。

また、高畑淳子さんの授与にしても、居並ぶ女優を差し置いて何でこの人なの、という感じでした。そして、その後に起こる息子さんの事件は強烈だった。

国のやることなので、何事にも基準を明確にしないと駄目ということです。


重々しい賞や勲章に有名人を当て嵌めるのは、もうやめたほうがいいのでは、政府の授章屋行為は、もう国民受けしないということに気づかないといけない。

 

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