“ノンフィクション”のヤラセ疑惑

芸能・スポーツ・カルチャー

海ヒト人:日本のテレビは台本ありき、すべてヤラセと仕込みで成り立っている

“ノンフィクション”のヤラセ疑惑
今回は、日本のテレビ番組の中では硬派??とされた、フジテレビの“ノンフィクション”のヤラセ疑惑に迫ります。“ノンフィクション”と銘打っていてもヤラセ、仕込みの世界。しかしながら、日本のテレビは何故にこうも薄っぺらなのでしょうか、一刻も早く法改正をして頂き、電波の独占権を解消してほしいものです。

 

フジテレビの“ノンフィクション”のヤラセ疑惑は、看板シリーズだったオカマとオナベというあべこべ夫婦の主人公による週刊誌への告発がきっかけでした。

これによって、やはり、ノンフィクションと銘打っていてもヤラセだったのか、というシラケ感のインパクトはとても大きかったようです。

 

この番組は、名前の通り“ノンフィクション”ということなので、バラエティーを見るよりは骨太感があるというわけで、ついつい釣られて見てしまっていたのです。

確かに最初の頃は、素人ながらも異質で魅力も感じさせる人物を登場させていたことで、その生き様や葛藤が興味を引いたものです。

しかし、途中からネタ切れが激しさを増し、電波に乗せるに相応しくない余りに腹立たしい人物の登場や駄作の数々に閉口し途中から見るのを止めたのです。

 

そもそもドキュメンタリーやノンフィクションは、年がら年中撮れるものでは無いのです。

企画ものと違って、演出、仕込みも難しい世界なので中身の動かしがきかない分、シナリオが整った物語より、数倍手間と日数がかかるからです。


日常の生活者をドキュメンタリータッチで画くには、余程の被写体で無い限り、演出を加えていかないと成り立たないということです。

この番組の場合、著名人も登場させてはいるが、基本は普通の庶民を対象としているので、本気で手掛けたら下手すると日の目を見るのは、せいぜい10件に1本、後はボツになる可能性もあるということです。

ところがフジの場合はボツにすることがないようなので、あり得ないほどの低劣な内容が多くなるのです。まあ、これはフジに限らず日本のテレビ局はみな同じ。

 

 

これは、ノンフィクションだから視聴者も大目に見てくれるという甘えた体質が染みついているからです。

 

また、逆に言うと、ヤラセを前提とすればいくらでも作り上げることも出来てしまうのがこの手の番組なのです。

ところどころに演出を加え、それを指導して、思惑通りに仕上げていくだけだし、出演者も素人なので、ギャラも小遣いに毛が生えた程度で済み現場設定費もかからないので格安で仕上げることが出来てしまうからです。

オカマとオナベの夫婦が告発したのがまさしくこれです。


この番組が何故ここまでヒットしたのか、それは、この時間帯はどの局もやる気が無いので、再放送かドラマの前宣伝番組だらけ、結局消去法で見るのがノンフィクションだったということです。

そもそも、この番組は、ノンフィクションを謳う割には重みが無く実に軽いタッチなので、かえってそこが受けたのかも知れません。

通常、ノンフィクションというと重厚でどっと疲れるというイメージがあるのですが、この番組は素材が軽いし、掘り下げも浅いので、気楽に見られるというメリットがあったのだと思うのです。

 

最初の頃は、天才棋士と言われながらもプロにはなれず、執念の気迫で死ぬ間際までアマチュアの大会に挑み続けて30歳で亡くなった将棋棋士を追いかけた作品などは圧巻だったし、見応えのある作品も多かったのだけど、途中から当たり外れが大きくなっちゃったわね。

 

確かに最初の頃は結構見応えのあるものはあったのだけど、チンピラ系を扱ったものはみんなカス、この番組を見なくなったきっかけは、農家に嫁いだという自分勝手をやらかすバカ女を取り上げたこと、あんなバカを見ちゃうと頭にきて見る気がしなくなっちゃたよ。

 

ノンフィクションは真実であるが故に内容が無くても許せてしまうところがある。

しかしフジのノンフィクションは、真実と見せかけ、演出を施した見るに堪えない駄作の数々だったのです。

それにしてもフジはまだいいほう、日本のテレビは、ニュースや報道番組でも印象操作で我々をごまかし続けているのです。

 

ポチポチ よろしくお願いします。   
タイトルとURLをコピーしました