「友達断捨離」60過ぎたら人付き合いは最小限に

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海ヒト人:コロナを逆利用して、日本の悪しき風習、しがらみを断ち切ろう

「友達断捨離」60過ぎたら人付き合いは最小限に
コロナを逆利用してしがらみを絶つ!「60過ぎたら友人なんていらない」という話が話題となっています。この際だから「友達断捨離」を実行しちゃおう、コロナの今ならできる。60を過ぎたら収入も少なくなるし、人とのつき合いは億劫なだけとなるのです。それは自分だけでなく、相手側も一緒ということ、「友達断捨離」は相手への気遣いでもあるのです。

 

「60過ぎたら友人なんていらない」という話が話題となっています。

私の考えもこれに当て嵌まるので、一言二言添えてみます。

 

まあ、友人いらないは、人それぞれの話でもあるのですが、ただ、コロナ旋風のせいもあり、気兼ねなく断ち切ることができたことで、今やこの風習が世の中の趨勢となっていることは確かなようです。

 

私の場合は、女房がいるから友人がいなくとも十分だということ、それくらい仲良くやっています。

けど、若い頃はお互いが我を張りあって喧嘩ばかりの毎日だったのでした。

 

まあ、この話はさておき、あ、一言だけ言わせてもらいます、リタイアしたら財布は女房にお任せして徹底管理されちゃいましょうね。

 

では本題に入ります。

友達願望って何だろうか、子供の頃は別として、若い時分の友達願望の多くは趣味、遊びの共通、そして悩みの相談者だということ。

 

しかしながら、人間ある程度のサバイバルを体験すれば、自身で解決する能力と知恵は身につくものなので、自分の悩みは自分で解決するのが当然とわきまえてくるのです。

 

そうなると友達の必要性は徐々に薄れてくるわけです。

 

また、金の貸し借りや必要以上ののめり込みがもとで、友達付き合いはマイナス面も多いということも知るのです。

 

 

ここから、人に頼ってもいけない、頼られてもいけないという基本を学ぶわけです。

 

友達の中でも、一番に気を許すのはハチャメチャをやっていた学生時代の友人というのが定番ですが、そんな学生友も40代中盤を過ぎると、あまりに生き様が違い過ぎて会話が噛み合わなくなってくるのです。

 

また、飲み友達の場合、そもそも大切な話しは酒を飲んでするものではないので、真の相談には適さないのです。

 

 

友達たくさんの妄言
日本の場合は、学校教育などで、友達が多くいればいるほど人望に値する存在と評価されるので、友達がいないと欠陥人間の如く扱われるという悪しき風習があるのです。

 

けど、広く浅く付き合うなんて意味のないこと、社会に出たらそんな八方美人は疲れるだけということを思い知るのです。

 

友達付き合いが多いは離婚率が高い
40代前半くらいまでは、子供が小学校低学年なのに家族そっちのけで友達と遊び回るノー天気野郎は結構まわりにいました。

 

40代前半ともなれば、家を購入して、夫婦間も円熟味が増す時期、そして一番は子供の成長を見とどける日々なわけです。

 

そんな充実した貴重な時期に、本来は友達?などが入る隙間も無い筈。

 

暮になると、忘年会のかけもちで、自分は顔利きだとばかりに忙しさを自慢するおかしな根性を持ったヤカラを散々見てきた。

 

家族、家庭を省みない亭主、勿論、そういう奴は家族からも三下り半を突き付けられていた。

 

歳をとったら友達は今現在拘っている趣味の友達だけでいい、趣味友は、趣味以外の話しに深入りしないので余計な話しもしないし、節度もわきまえているので丁度いいのです。

 

それこそ、今の趣味を知らない、かつての友達は話も噛み合わないので必要はないのです。

 

まあ、一言二言と言いながら勝手なことを並べ立ててしまいましたが、

そもそも、年よりの場合は、趣味の話を除いたら体の不調の話ばかりで情報の交換に値しないものばかりとなるのです。

 

友人だろうが、年より同士の会話は、過去がメインとなるのです。

 

よし、これをやろう、あれをやろうではなく、これをやった、あれをやったの過去形ばかりなので、前向きな話はあまりないのです。

 

ということで、なんだかんだ言っても、「友達断捨離」は相手への気遣いでもあるわけです。

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