ここまできたら、政府は日本そして国民の為に皇室に介入するべきである

天皇制・皇室

令和のサムライ通信:日本人の最期の拠り所「皇室」パート2の巻

眞子様の結婚は破談以外に無いと考えていたが、13日の眞子様の発表「生きていく為に必要な選択」を聞くにつけ、ほとほとガッカリですが、相変わらず眞子様の結婚の意思は固いようです。
もはや、宮内庁は完全に役立たずの存在であることが理解できた。
後を託すのは菅総理だけか。


しかし、もしこの結婚が認められた場合、皇室に対しての失望は計り知れないほどの大きなものとなることでしょう。

皇室への敬意が薄れ、皇室離れが進めば、存在意義も問われてくることは明白です。

天皇制への否定を叫ぶ反対勢力の思う壺となり、近いうちに皇室廃止論議にも発展しかねないのです。そんなことは誰が見ても判るはずです。

天皇と皇室は、日本国家の象徴として日本国民とともにあるもので、精神的な支柱であり最後の拠り所なのです。

いくら戦後に自虐史観を植え付けられた日本人でも、日本国民の半数以上は、皇室に対して敬意を表し畏敬の念を抱いているのです。

そうですよね、私もここで勉強させてもらって、日本の歴史は天皇と皇室とともにあるという歴史の凄さが判りかけてきました。

皇室を拠り所とする国民にとって皇室だけは特別な存在であってほしいという願いもあるので、これだけは敷居が高くて当然と思うわけです。
世界でも例の無い2000年の歴史を誇る皇室の存在とは、威厳があってこその世界で、大嘗祭や令和に入っての様々な皇室行事も伝統を継承するための神儀なのです。

この結婚に賛成とか言っている連中は、天皇制そのものを否定しているか、どうでもいいと考えている連中なので、平気で軽いことが言えるのです。

政府も宮内庁もことの重大性を認識すべきです。

しかしながら、眞子様が常に矢面に立たされる中で、小室氏達は沈黙のままというところが非常に腑に落ちないし違和感だらけだ、彼らは逃げの一手なのです。

ネットでも、どうやら眞子様には我々国民の心配の声が届いていないのでは、という意見が多かった。ひょっとしたら我々の声を遮断させている勢力が存在すのではという怪訝な声も出てきた。

眞子様の気持ちはほとんど変化していない感じのようです。これには少しがっかりさせられます。

特権的立場にいる人の場合、あらゆるところから魔の手が忍び寄るので、「盲目の愛」に陥ることは非常に多いのです。
その場合、殆どのケースは、取り巻きの重鎮達などが、入れ替わり説得にあたって、立場の重たさを執拗に理解させてマインドコントロールを解いていくものなのです。
吉田茂の孫であり、将来を担うサラブレッドと言われた、あの麻生太郎も若かりし頃に銀座のホステスに入れあげて駆け落ち寸前だったのですが、それを取り巻き重鎮達があの手この手で強引に別れさせた経緯もあるのです。

 

本当にどなたか眞子様を説得しているのでしょうか、秋篠宮様ご家族に任せるのは酷すぎます。

今回の眞子様の発表を見て見ると、どうやらその役割を担う人物は存在しないのではないかと思われてきたのです。我々が単純に考えるのは、この役目は宮内庁がおこなうものと解釈してきたが、宮内庁はただ逃げているだけで、秋篠宮に放り投げているかのようなのです。

それにしても宮内庁とは、2000年の皇室の歴史を守る役割の為に存在しているものと認識していたが、どうやら違うようだ。

まさか、この決断を秋篠宮様だけに任せているのだろうか、どう見ても秋篠宮様や紀子様は嫌悪の態度を示しているようにしか見えない。こういうケースでは、子供は親の言うことは一切聞かないものなのです。宮内庁には、秋篠宮の背中を押すことを出来る人物も存在しないのだろうか。

もしもこのまま行ってしまった場合、失望への怒りは、何もしなかった、何も出来なかった宮内庁に向かうことでしょう。

何のために宮内庁という組織が存在しているのか、2000年の日本の歴史の重みを何と心得ているのだろうか、存在の意義が真っ先に問われます。

皇室の伝統、威厳を守るという意味においても、何の抑止にもならない組織であれば、即刻解体すればいいのです。

もう一つの皇室問題
皇室には、もう一つの問題があるのです。それは、現在の皇室には男子皇族が少ないことなのです。
ということで、皇室の行事においても天皇皇后の負担が大きくなっているわけです。

退位された上皇陛下上皇后の公務も多忙を極め、生前退位が実現したのもこの影響です。

そうしたことで、公務の負担を軽くする為に、女性宮家の創設や結婚された元皇族の方に皇室活動を担ってもらうということが議論となっているのです。

そうか、そうなると眞子様は嫁いでも、また元の身分に戻ったり、皇室の行事に参加することもあるわけですね。

そういうこと、眞子様は現在でも天皇に近い存在だし、弟の悠仁さまが天皇になったら、より近い大変な立場となる。
そうなれば、眞子様は、夫婦そろって皇室行事を取り仕切ることにもなるのです。
眞子様はいいが、国民から尊敬に値しない人が雲の上の皇室行事に参加するという違和感は途轍もなく大きい筈です。
こう言っては何だが、小室なんかに皇室ヅラされて、伝統の神儀を取り仕切られたら威厳も何もないよね。

 

いくら開かれた皇室といってもイギリスのメーガンさんの例もあるし、国民は不安ですよね。

戦後になってからは、開かれた皇室として、多くの女性皇族の方が、民間の方に嫁がれていきました。しかし、その民間と言っても、相手は、近衛や東久邇、鷹司という公家だったり、島津の様な殿様だったりの日本を代表する超名門ばかりです。
結局、皇室の女王様を受け入れるとなると、家柄と格式、なにより受け入れられるだけの資本力がないと成り立たない世界なのです。

受け入れ態勢の問題
皇室離脱とは言っても、天皇や宮家とは親戚関係であるわけで、宮中の行事や外国からの来賓などの晩さん会には、必ず出席を求められるのです。
普通の一般家庭とは付き合いのレベルが違い過ぎるわけです。

皇室離脱したら警護もつかないわけで、自前で安全を確保ができる体制も整えなければならないのです。
なので、嫁いた先は、格はともかく、それなりの資産が無いと話にもならない。

100歩譲って、名門、格は度外視しても、最低限備えていなければならないのは、資本力と言うことなのです。しかしながら、小室家の場合は、その資本さえも眞子様と一時金の1億6000万円に頼るという形になるという信じがたい話なのです。

まとめ
現代の我々日本人は、愛国心も薄いし、お国の為などという精神も一切持ち合わせていません。
そうした中でも唯一誇れるものは日本の歴史と伝統なのです。
その中心的存在が天皇家であり皇室なわけです。

そのささやかな精神も踏みにじられては、失望以外にない。

これはまさしく、日本の危機の始まりなのです。

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