財閥とは?戦後の財閥解体に迫ってみる

政治・社会不信・防衛

令和のサムライ通信:財閥解体の巻

財閥ってなに?何故、財閥は解体されたのか?どんなことが行われたのか?
今回は、財閥とは一体何か、戦後、どうやって財閥は解体されたのか?について、簡単、判りやすく説明して行きます。


財閥とは、経済大名のことです。殿様を中心として、その同族や家老達によって、多数の傘下豪族達(企業)を支配下に置き、城下町市場を独占する大名組織(大企業グループ)のことです。

財閥は、戦前・戦中は、国家の国策事業に深くかかわりを持ち、インフラ事業から軍需産業に至るまで、あらゆる分野の商取引を牛耳っていたのです。

まさしく、昔の財閥の頂点は、大名と同じ身分といっていいくらいの特権を握っていたのです。

財閥の正体
当時の財閥と言えば、今も名前が残る、三井、住友、三菱、安田の4大財閥を筆頭に、更に、川崎などの10大財閥、15大財閥、さらに地方財閥などが存在します。

三井、住友、三菱、安田の4大財閥を大名に例えると、島津、毛利、前田、伊達となる。

住友財閥
この財閥の中で、最も古いのが住友財閥で、住友家は泉屋の商号で銅銀商を営んでおり、1590年に京都で銅吹所を設けたのが始まりとされています。

三井財閥
三井と言えば、越後屋三井呉服店、三越が有名です。のちに日本初の総合商社三井物産を起こした益田孝が三井財閥の流れを作ったと言われています。

安田財閥
安田財閥の場合は、安田善次郎の設立で、現在のみずほグループや明治安田生命など、金融の安田と言われるくらいに、金融での規模を誇る財閥です。

三菱財閥
三菱財閥は、土佐藩出身の岩崎弥太郎が創立した三菱商会を基盤として、三菱重工など造船業を筆頭に鉱業・鉄道・貿易などあらゆる分野に進出して財閥を形成しました。

財閥ってもうないのですよね、財閥は凄かったと聞いているのでとても興味があります。ぜひ、教えて頂きたいです。

実はねえ、旧財閥は今も、闇の世界の標的にされているのだよ、あまり知られていないのですが、今でも、財閥の資産管理会社が存在し、政界や闇の世界で、その妖怪たちが巣くっているのです。
表ざたになった一例は、バブル崩壊後に、川崎定徳という旧川崎財閥の資産管理会社が起こした、住友銀行と平和相銀の合併闇事件などが有名です。

 

えっ、旧財閥の資産管理会社何て言うのが、今でもあるのですか。

そう、川崎定徳を例にとっても、相当な資産管理を行っており、彼らの持つ不動産だけでも一等地ばかりに集中しているのです。
まあ、とかく日本には「あまり知られていない話ですが」という「闇のフレーズ」が多すぎる。
金に結び付くところには、必ずと言っていいほど、それに群がる闇の勢力は後を絶たない、フィクサーだの右翼と称した連中、そして暴力組織だの、闇の人物が介入するのです。


GHQ
の財閥解体の経緯

国家経済の主要を成す財閥を解体するなどということは占領軍だけの特権であり、勝利者以外には考えられないことです。

実は、敗戦にいたっても、財閥支配者達は、まさか自分達が解体されることになるなどとは考えていなかったのです。

もし、我々の存在を消し去ったら、それは敗戦の混乱を更に拍車をかけ、暴動にまで発展することになると考えていたからで、いくらGHQといえども、そこまでは出来ないであろうと甘く踏んでいたのです。

GHQからすれば、財閥と軍部は持ちつ持たれつで、財閥こそが戦争遂行の要を担っていたと判断しているので、軍国主義の経済的基盤である財閥の解体は、日本弱体化に向けた、最も重要な課題の一つなわけです。

そうか、GHQといえども、そう簡単に解体が出来たわけではなかったのですね。

そうなんだよ、財閥は化け物みたいな存在だからね、ところがGHQは、実に巧妙かつ強硬的に実行したのです。
解体に向けた折衝をすべてGHQの筋金入りの日本人に任せて、GHQは問答無用で命令を下すという、反論など一切封殺した天の声に徹し、絶対的支配者の威光を示して断行したのです。

そうしてGHQは、財閥解体のために持株会社整理委員会を設置して、持株会社の解散と所有する証券などの処分を行い、さらに財閥支配者とその一族の所有する株式の処分と財閥支配者の完全追放が進められた。

そして、解体をスムーズに成立するために「過度経済力集中排除法」と「独占禁止法」の法律を作りあげたのです。

こうして、次々と財閥は解散させられ、傘下企業もすべて持株会社整理委員会によって処理され、財閥の一族も完全に追放させられ、復帰は不可能となったのでした。

さらに、三井・三菱・住友・安田の商号商標を使用禁止にする命令を下したのです。

うわーっ、なんかわかりませんけど、もの凄い大変な作業みたいですね。

ところが、この辺から、GHQの強硬な姿勢が急変することになるのだよ。
その理由は、一気に緊迫化した米ソ冷戦と中国共産党の台頭なのだ。
この流れは、日本でも勢いを増し、日本共産党を中心とした共産主義者の暴動や工作が頻繁化したことで、これ以上、日本を弱体化しては、日本も共産国家に取り込まれてしまうと危機感を抱いたというわけだ。

 

そうか、あまりにやり過ぎて、日本が共産主義になりそうだと危険を感じたというわけですね。

そういうこと、なんてったって日本には1億の人口がいるわけだからね、こうしたことでGHQは、日本弱体化政策を取りやめ、最終段階に入っていた財閥解体も骨抜きのかたちで終結させたのです。
なので、三井・三菱・住友・安田の商号商標はかろうじて残ることになったのでした。

財閥解体では、銀行だけは処分を免れたのです。戦後は、この銀行が中心となって企業グループとして経済を形成していくことになるのです。

GHQが日本に対して柔らかくなったのは、共産主義者の脅威という偶然が重なっただけなのです。そして、戦後日本の繁栄も朝鮮特需という偶然が重なったに過ぎないのです。

日本は偶然に救われたのです。

GHQの財閥解体の真意は、軍部は徹底的に打ちのめしたので腹いせは収まった。後は、それを裏で支えていた奴らの征伐だということなのです。

財閥解体は、誰しもが経験したこともない難題事業だったのです。

財閥支配者一族の追放とコンツェルンの分離、そして独占は阻止できたものの、世界中に広がる共産主義の脅威によって、さすがのGHQでも完全解体にまでは至らなかったのでした。

ちょっと待った!なにか忘れていませんかGHQさん。

同じくらい、いやもっと悪がいたはずですよ、最後の最後まで、嘘をつき続けて日本人に徹底抗戦を呼びかけ、両軍の被害を拡大させ、人の生き血で商売をし続けた本当の大悪党が!

それこそが、戦争を煽り続けた新聞マスコミでしょうが!

ここで、朝日新聞や毎日を征伐してくれていたら、南京、靖国、慰安婦も無かったのに……

新聞社などは、発行停止にすれば簡単に息の根を止めることが出来るわけで、その存在自体が軽視されたことで、運よく救われたのです。残念!!

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