日本人も知っておきたいアフリカの疑問と基礎知識  その2

アフリカの疑問と基礎知識

令和のサムライ通信:アフリカの疑問と基礎知識その2の巻

アフリカは何故、争いが絶えないのでしょうか、その原因は何なのか。
アフリカの独立後の歴史は、紛争に次ぐ紛争、そしてクーデターばかりの内戦状態がとめどなく続いた歴史と言っても過言ではないでしょう。

通常、国家として独立するからには、国民は一致団結して、一刻も早い国の繁栄の為に努力していくことこそが本望と思われますが、なにせ、国のカタチや政権方針も整っていない段階での宗主国側の勝手な主導の独立であったので、民衆の共鳴も得られず瞬く間に混乱状態に引き込まれて行ったのでした。

これでは独立しておめでとうどころの話ではありません。

 

前回に学びましたが、これでは今迄、支配していた先進国が勝手すぎる気がしますよね。

アフリカの殆どの国は、独立後まもなく、今迄の怨念と恨みつらみが最高潮となり、いきなり殺し合いに発展してしまったのです。
宗主国が撤退して独立国家となれば、絶対であった宗主国に気兼ねもする必要もない、今まで蚊帳の外に追いやられていた民族部族からすれば、もうこいつらに従う義務は無いと、かつての民族意識に目覚めるのは時間の問題だったというわけです。
こうして、どの国も瞬く間に民族間の争いがヒートアップしていったのです。

なんか、独立ではなく逆に無政府状態になってしまったような光景ですね。

 

政権側は、民衆を抑え込むために益々独裁化が進み、同時に腐敗政治が横行することとなる。そうなると政権内部での権力闘争にも火が付き、武器を持つ軍隊の権力は増大して行くのです。軍の力が増すとクーデターも頻発することになる。
独立した国家の殆どはこの有様となっていったわけです。
こうなってしまうと、かつての宗主国も独立国となってしまっては、迂闊に手も出せないし、混乱に巻き込まれることも敬遠状態となるのでした。

 

こうなると政府も国民もエスカレートする一方になってしまうのですね。

こうして政権の腐敗と国民の退廃は止まることがなく、アフリカ諸国の殆どは国家と言っても秩序も無いに等しい無法地帯と化してしまったのです。
彼らにとっては、民族部族としての誇りは持っていても、始まったばかりの国家に対して誇れるものなどまるで無いので、国家などはより所でもなんでも無いわけです。
当たり前の話だよね、対立部族が作った国への愛国心など持てる筈もないのです。

 

アフリカがなぜこうなるのかが少しづつわかりましたが、現実を見たわけでもないので、なんかピンとこない感じもします。

この当時の混乱の様子を少し知るには、イタリアのヤコペッティ監督がアフリカで三年がかりで記録した「さらばアフリカ」という独立後の混乱を収めたドキュメント映画を見れば実感させられます。
コンゴ動乱やナイロビの独立などアフリカ大陸の野蛮の限りを尽した集大成の映像の数々、激しい民族対立、人間の尊厳を無視した数々の残酷な暴力、これを見るとルワンダの殺戮やダルフールの内戦に至った序章を思い起こします。

アフリカの大地の美しさをカメラに収めながら、同時に人間の死体があちらこちらに放置される強烈な映像を映し出す光景には圧倒されます。


1960
年はアフリカの独立ラッシュ
アフリカ諸国の殆どは、1960年代に植民地から解放された新しい国家なのは前にも触れました。
しかし、これだけ混乱状態が続いたら、アフリカ諸国の発展が遅れるのは当然のこととも受け取られます。

しかし、何故にアフリカ人はここまで協調友愛の精神が欠如しているのか、その要因の本元を紐解くと、アフリカの民族には教訓とする歴史が存在しないからなのではとの思いに至るのです。

アフリカには遺跡が少ない
通常は、どの国にも自分たちが成し遂げてきた歴史があり、それを学ぶことで、先人への尊敬の念が生まれ愛国心も芽生えるものです。

しかし、アフリカの場合は、大国からの侵略前は、部族単位での原始的な統治だったので、外部の情報を得られる手段もなく、時が止まったような原始的生活を続けていたのです。

さらにはそれさえも、侵略によって打ち消されてしまった悲劇、北アフリカを除くアフリカ大陸に遺跡が殆どないのも、これでご理解頂けるでしょう。

そうか、虐げられた部族の人達の歴史は、この時点で消されてしまったようなものなので、よりどころがないというわけですね。

部族のポリシーを封殺されたことは大きいし、対立部族の思想を押し付けられるのだけは我慢がならない。

植民地解放の時点でもまだ思想や秩序の精神も芽生えていなかったことで、残虐性が際立ってしまったと思われるわけです。結局、先進的な指導が無ければ脱線は食い止められなかったことが理解できます。

国が新しくとも単一民族で構成された国家であれば誇りも持てるが、相容れない他民族との共有で組織された国家に対して忠誠などという発想は持てないのです。

何十年にもわたって争いが続くアフリカ諸国、完全な平和を築いた国は、ほんのごく少数の国だけなのです。

東西冷戦が混乱に拍車を掛ける
何故、何十年にもわたってここまで混乱したのか、それは、米ソの介入から始まるアフリカ各国の資源をめぐる代理戦争によって、政府側、反政府側という形で国は分断され内戦化した過去、そして近年では、イスラムの台頭によって、さらに過激化が進み、内政も複雑化していった背景があるのです。

そうか、その後はヨーロッパだけではなくアメリカやソ連も入ってきたのですね。

あの時点で、彼らに共産思想を植え付けたらどうなるか、共産思想は家畜も人の値段も同じなのです。いや家畜は生産性もあり抵抗しないが、人は共産主義に従順なもの以外は害をもたらすだけ、この思想は、彼らの闘争心とマッチしたのです。
そして、彼らに過激なイスラム原理主義思想に目覚めさせたらどうなるかだ。

今もって、アフリカ最大の経済大国であるナイジェリアでさえ、このトラウマからは脱していないのです。

この終わりなき混乱を終息させようと世界中が支援の輪を広げていったが、結局、虚しい援助は失敗に終わったのです。

日本の膨大なアフリカへのODAも、虚しさが漂うばかりです。結局は、中国の台頭によって完全に忘れされてしまったようです。

今では嘘のように近代的な高層ビルが立ち並ぶナイジェリアのラゴスやケニアのナイロビなどのアフリカの大都市、この光景を見るとアフリカは危機から脱したのかと錯覚を起こしますが、これはあくまで表の顔で、アフリカは相変わらずの根強い貧困が蔓延したままなのです。

今後、アフリカの人口は現在の12億人から2050年には25億人に膨れ上がることが判りました。これによってアフリカの未来が吉と出るか凶と出るかは別として、日本にも多くのアフリカ難民が流れてくることも想定しておかねばなりません。日本もアフリカを避けて通ることは出来ないのです。

今回は、海外の話題の一つとしてアフリカの疑問に触れて見ました。

日頃は、日本のインチキ新聞社やテレビマスコミを糾弾して行くことがメインですが、そんなズルバカどもの話だけだと気が滅入ってしまうので、たまにこうした海外の情勢や歴史的な話題にも触れてみますのでよろしくお願いします。

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